稲盛和夫

稲盛 和夫の名言集

集団、それはリーダーの人間性を映す鏡なのです。

安易に近道を選ばず、一歩一歩、一日一日を懸命、真剣、地道に積み重ねていく。夢を現実に変え、思いを成就させるのは、そういう非凡なる凡人なのです。

常に明るさを失わず努力する人には、神はちゃんと未来を準備してくれます。

世の中に失敗というものはない。チャレンジしているうちは失敗はない。あきらめた時が失敗である。

瞬間、瞬間を完全燃焼すること。その点の連続が未来につながる。

自分の運命は自分で管理しなさい。でなければ、あなたはだれかに自分の運命を決められてしまう。

誰もが、宇宙のため地球のために必要だから生まれてきた。世のため人のためにあなたの存在が必要だった。従って世のため人のために尽くすのが人生の目的なんだ。才能を私物化してはいけない。

現在の能力でできる、できないを判断してしまっては、新しいことや困難なことはいつまでたってもやりとげられません。

夢に酔っていればこそ、それを実現させる情熱が湧いてくるのです。

平凡なことを完璧にやり続けることで胆力がつく。

感謝の心が幸福の呼び水なら、素直な心は進歩の親であるかもしれません。

「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」ことが物事を成就させ、思いを現実に変えるのに必要なのです。

私たちは決して苦痛や悩みから解放されることはありません。しかし最悪の場合さえも明るさを失わず、明日に希望をも持つように努力することは出来るのです。

ある時、劣等感にこり固まらずに、自分の欠点を素直に受け入れ、それを克服する努力をしようと決心しました。そうすれば、挫折感を味わうこともないと考えたのです。

状況の奴隷になってしまうと、状況が悪いことを理解し、自分の夢が非現実的であったという結論を出すだけになってしまいます。しかし強い願望を持っている人は、問題を解決するために創意工夫と努力を始め、目的に到達するまで、決してあきらめないのです。

人生長丁場、好きな仕事でないと長続きしません。しかし、まだ年端もいかない君が好きな仕事と思うのは、どんな仕事なんだい?それが本当に好きな仕事なのかい?

予期しなかった多くの難問、難題が出てくることでしょう。それを成功させるためには、自分自身を信じ、強烈な願望を抱いて目標を追い続けなければならないのです。そうすれば、夢を実現させることができると、私は信じています。勝算を問われた時、答えに窮するかもしれませんが、それはどうでも良いことです。創造の世界を司るのは、統計数字ではなく、それを創り出す人間の情熱と意志なのです。日本の明治維新でも、またどんな革命でもそうですが、情熱だけが新しい時代を開くことができるのです。

同じ夢を追求し続けていると、その夢はどんどん鮮明で、細かいとこまでわかるようになり、ついにはカラーでみえるようになります。それがビジョンです。そういう心理状態になった時、私は自分のビジョンが実現することがわかるのです。

不運なら、運不運を忘れるほど仕事に熱中してみなさい。

今日の成果は過去の努力の結果であり、未来はこれからの努力で決まる。

物事をあるがままに見て、さらに自己犠牲を払ってでも成し遂げようという心構えができていれば、結局は克服できない問題などないのです。

その可能性に対して心を閉じていると、人生の本当の恵みを見極めることはできないのです。

複雑な問題を解決するには、まず自分の心の次元をひとつ高めて物事を見ることが必要なのです。

20代や30代のときには、どんなことでもいいからとことん突き詰めて究めることが大切だ。ひとつのことに精魂を打ち込み、どんなことでもいいから確信となる何かを得ることだ。

どんな仕事でも喜んで引き受けてください。やりたくない仕事も、意に沿わない仕事も、あなたを磨き強くする力を秘めているからです。

才能を自分のものにするのは、神の摂理に反する。与えられた才能は社会の為に使わなければならない。

余裕が充分ある段階においても、危機感を持ち必要な行動を起こすことが大切です。これが安定した事業の秘訣なのです。

たいへん単純なことです。プロジェクトが成功するまで、私はあきらめません。失敗というのは心のあり方なのです。もちろん第一にそのプロジェクトが、本当に価値があると心底納得しない限り、着手しません。だからこそ、いったん着手したら、たとえどんな障害に遭遇しても、あきらめないのです。もしある方法で成功しなければ、成功するための別の方法を追い求め続けるのです。

すべて人生は心に描いた通りになる。どのような厳しい状況に置かれようと、否定的なことを心に浮かべるべきではない。まじめに前向きに努力していけば決して悪いことがあろうはずがないと確信して、常に堂々と明るく進まなければならない。

あらゆる事象は心の反映である。したがって純粋な心でひたすら念じ続ければ、たいがいのことは成就する。

今の規模でいいと思った瞬間に成長はなくなる。

心が充分に強くなければ、我々は容易に自分の才能の奴隷になってしまいます。

長い目で見れば、目標を課し、規律をもって鍛える厳しい上司によって、部下ははるかに伸びていく。

誠実さが、聞き手と話し手を結びつける。

ひとつのことを究めることは、すべてを理解することなのです。すべてのものの奥深くに、真理があるのです。

時代がどう変わろうとも、人間の本質は変わらないのです。誰しも人間は人生で善きことを追求し、後世に何か価値あるものを残すことによって、「永続性」を達成したいのです。「仕事に打ち込んで、世の中の役に立つことができました。私は幸せです」と言えるような満ち足りた人生を送ることを、誰もが望んでいるのです。

バカな奴は単純なことを複雑に考える。普通の奴は複雑なことを複雑に考える。賢い奴は複雑なことを単純に考える。

実際にはできないことを、できるようなふりをしてはいけません。まずできないことを認めて、そこからスタートするのです。

私はつれづね利己ではなく「利他」が重要だといっていますが、簡単に妥協してしまう人は利己的な人が多い。残念ながら、日本企業のリーダーにはこのことを自覚できている人が大変に少ないと思います。

現在は過去の努力の結果であり、将来は今後の努力で決まっていきます。だから、経営者は一瞬たりとも気を緩めてはいけない。

人々を幸福にすることを働く目的にしている限り、現状に満足することはありえない。

「もうこれでいい」と思った瞬間から、会社の没落が始まる。

欲はあっていい。だが、自分だけが満たされて満足する小さな欲ではなく、世界中の人が満たされることを願う「大欲」を持て。

新市場を創造するのは才覚にあふれた経営者だが、人格を兼ね備えたリーダーでないと企業は統治できない。

人生というドラマにおいては、自分を主役にして脚本を書いた人と、目的意識もなく惰性で生きた人とでは、たいへんな違いができるのです。

私はすべての判断の基準を「人間として何が正しいか」ということに置いている。経営における判断は、世間でいう筋の通ったもの、つまり「原理原則」に基づいたものでなければならない。我々が一般に持っている倫理観、モラルに反するようなものでは、うまくいくはずがない。

リーダーは、常に謙虚でなければならない。謙虚なリーダーだけが、協調性のある集団を築き、その集団を調和のとれた永続する成功に導くことができる。

土俵の真ん中で相撲をとるべきだ。余裕が充分あるうちから危機感を持ち、必要な行動を起こさなければならない。これが安定した事業を行う秘訣だ。楽観的に構想を練り、悲観的に計画し、楽観的に実行する。利益を追うのではない、利益は後からついてくる。

会社には、たくさんのビジネスの渦がある。その回りを漫然と漂っているだけであれば、それにのみこまれてしまう。仕事の本当の喜びと醍醐味を味わうためには、渦の中心になって、周囲の人たちを巻き込むくらい、自発的に、積極的に仕事に取り組まなくてはならない。

現代社会では、物事を科学的に解釈することばかりに重きを置き、「よき人間、よき世の中をつくっていくためには、どういう考え方をし、いかなる哲学を樹立したらよいか」というところが忘れられているのではないか。

思いは必ず実現する。それは、人が「どうしてもこうありたい」と強く願えば、その思いが必ずその人の行動となって現れ、実現する方向に自ずから向かうからです。

神様が手を差し伸べたくなるほどに、一途に仕事に打ち込め。そうすれば、どんな困難な局面でも、きっと神の助けがあり、成功することができる。

私の成功の理由は、才能は不足していたかもしれないが、人間として正しいことを追求するという、単純な、しかし力強い指針があったということです。

物事の判断にあたっては、つねにその本質にさかのぼること、そして人間としての基本的なモラル、良心にもとづいて何が正しいのかを基準として判断をすることがもっとも重要である。

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という京セラの経営理念を実現するには、どうしても高収益体質の企業にしなければなりません。

商売には「損して得とれ」という言葉もあり、今回は目をつぶり、次で儲けさせてもらうという考え方もあります。とはいっても、シビアに原価計算ができていないと、どこまでなら値下げしていいか、判断をくだせません

会社を経営していると、思わぬ外部環境の変化に戸惑うことがあります。しかも、そこで対応を誤ると、取り返しがつかなくなることも少なくありません。しかし「変化はチャンス」でもあり、上手に生かせれば業務拡大にもつながります。

JALの再建で、私はあらゆる機会を通じて教育に全力を尽くしました。それが功を奏し、全社員が経営者意識を持って仕事に取り組んでいます。

これは預かりものや。もちろん、その中から京セラの将来のために投資することは必要。それを怠ってはいかん。しかし、それがすべてではない。天からの預かりものだから、できるだけ多く、世の中を良くするために使うことが大事や。

商いの極意は、お客様から信用されることだと言われている。もちろん、信用は商売の基本だが、さらに信用の上に「徳」が求められ、お客様から尊敬されるという次元がある。尊敬まで達する、お客様との絶対的な関係を築くこと、それこそが真の商いではないだろうか。

創造的な領域では、基準とするものがない。真っ暗闇で嵐が吹きすさぶ海原を、羅針盤も持たず航海していくようなものだ。そのような創造の領域では、自分自身の中に羅針盤を求めて、方向を定め、進んでいかなければならない。

経営者は、バランスの取れた人間性を持たなければならない。ただし、それは、中庸という意味ではない。ひとつの人格の中に、相反する両極端をあわせ持ち、局面によって正常に使い分けれられる者こそが、バランスのとれた経営者なのだ。

人を動かす原動力は、ただ一つ、公平無私ということだ。天賦の才を決して私物化してはならない。むしろ、謙虚に、集団のためにその才能を使うべきなのだ。誰かと議論を行う際は、初めに相手の立場を考え、相手を思いやることのできる心の余裕が必要だ。そうすれば、互いの相違を乗り越えた、本当に建設的な議論ができる。

ちょこっと儲けて、ちょこっと使う。そんなことで満足してたらあきません。

最初から無理だと諦めてしまっては、何ごとも成功しない。

今、この瞬間が未来につながり、未来の結果を左右する。

リーダーは、まず無私の姿勢を明確にしなければなりません。そして、自分の集団のために意義のある目標を立て、自らもそれに向かって進んでゆくべきなのです。

経営者は、完全性を追求することを、日々の習慣としなければなりません。

経営者は、常識の呪縛から抜け出さなければならないのです。

自分の個人的利益を優先するか集団の利益を優先するかの選択を迫られた場合、常にためらうことなく集団の利益を優先させることが、リーダーとしての基本的な道徳的義務なのです。

自由な市場における利益は、社会の発展に奉仕した者に対する報酬なのです。

部下がどのくらいプロジェクトに対して情熱を持っているかを知り、部下が情熱で燃え上がるまで自分のエネルギーを注ぎ込むこと、これがリーダーとしてもっとも重要な任務です。

部下がどのくらいプロジェクトに対して情熱を持っているかを知り、部下が情熱で燃え上がるまで自分のエネルギーを注ぎ込むこと、これがリーダーとしてもっとも重要な任務です。

これが正しい道だと固く信じているのであれば、その道がどんなに険しかろうと、どんな悪天候に遭遇しようと、その道をまっすぐ頂上まで登るべきです。安易な道はたいていの場合、ゴールへ導いてくれないのです。

前向きの姿勢で熱意に満ちた努力を重ねれば、たとえ才能に恵まれていなくても、素晴らしい人生を送ることができるようになります。どこにでもいるような普通の人間でも、真面目に情熱を持って努力すれば、天才と呼ばれる人たちよりも、素晴らしい結果を生み出すことができるのです。

強い願望を持ち、それがいつの日か実現できると心から信じていれば、困難な状況から抜け出し、目標を達成する方法を必ず見つけることができる。

仕事に就いて、最初からいい仕事にめぐりあえるわけではありません。まずは、自分に与えられた仕事を、明るさと素直さを持ち続けながら、粘りに粘ってやり続けることが必要です。

私は、才能というものは、集団を幸福へ導くため、天が人間の世界に一定の割合で与えてくれた資質だと思っています。そのため、たまたま才能を授かったものは、それを世のため、社会のため、集団のために使うべきと考えています。

自己愛に終始した場合に悪をなし、他者を思うという愛に目覚めたときに善となる。善悪の分かれ目とは、自己を愛する「愛」と他を愛する「愛」のあいだにあるのです。

誰から見ても、どこから眺めても、立派だと言えるような高邁な志、目的意識がなければ、自分の持てる力のすべてを出し切ることも、周囲の人々から協力を得ることも、成功を続けることもできないのである。

強い熱意と情熱に支えられた努力を続ければ、今日不可能なことも明日は実現できる。

人間は得てして、めぐまれた環境にあっても、与えられた仕事をつまらないと思い、不平不満を口にします。しかし、それで運命が好転するわけではありません。与えられた仕事を天職と思い、その仕事を好きになるよう努力し、さらに打ち込むのです。

「天職」とは出会うものではなく、自らつくり出すものなのです。

心に善き思いを持ったとき、それは善き力となって出ていき、良き結果を連れて戻ってくる。一方邪悪な思いを抱けば、それは邪悪な力となって発現し、悪しき結果を引き連れて返ってくるというのです

どんな分野でも成功する人は、自分のやっていることに無上の喜びを感じ、惚れ込んでいる人だけです。自分の仕事に惚れなければ、絶対に成功しません。素晴らしい仕事などできるわけがないのです。

一般に広く浸透しているモラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもあるはずがない。

世の中が不況のときや、悪い実績が続いたりすると、このままでは倒産してしまうのではないかという否定的なことを思い、それを気に病む人がいる。しかし、そのようなことが心を占めていると、それが本当になる。

並み以上の誰にも負けない努力を続けていかなければ、競争がある中ではとても、大きな成果など期待することはできないでしょう。この「誰にも負けない」ということが、大切なことです。

「これが理想的であることはわかってはいるけれど、現実にはそんなことは不可能だ」と少しでも思ってしまったら、どんなことも実現することはできない

つまらないように見える仕事でも、粘り強く続けることができる、その「継続する力」こそが、仕事を成功に導き、人生を価値あるものにすることができる、真の「能力」なのです。

一緒に仕事をしていく社員に、経営者としての誠意を理解してもらわなければならない。

ただの努力では、企業も人も大きく伸ばすことはできません。「誰にも負けない努力」こそが、人生や仕事で成功するための駆動力となるのです。

「利益」とは追うものではありません。売上を最大に伸ばし、経費を最小に抑える努力を継続して行うことによって、利益は自然についてきます。すなわち、利益とは、たゆまぬ努力の結果として生ずるものなのです。

瞬間瞬間を充実させ、小さな一山ごとに越えていく。その小さな達成感を連綿と積み重ね、果てしなく継続していく。それこそが一見、迂遠に見えるものの、高く大きな目標にたどり着くために、もっとも確実な道なのです。

一歩一歩の積み重ねの結果は、相乗作用を引き起こしていくのです。つまり、日々の地道な努力が生む小さな成果は、さらなる努力と成果を呼び、その連鎖はいつの間にか信じられないような高みにまで、自らを運んでくれるのです。

どのような利益が数字の上で出ていようとも、安心して使えるのは手元にある自分のお金しかない。つまり、企業を発展させるため、新たな投資を可能にするものは、自分のものとして使えるお金以外にはない。

どんな困難があっても、それを乗り越え、成就するまでやり遂げようという強い意志が、体の奥底からわき出てくるような人でなければ、創造的なことをすることはできない。

困難に打ち克つには、エネルギーを集中させ、人間の潜在能力を引き出さなくてはなりません。それが人々を成功へと推しすすめていくのです。

完成品を作るには、九十九パーセントの努力では足りません。一つのミス、一つの妥協、一つの手抜きも許されない、百パーセントを目指す「パーフェクト」な取り組みがいつも要求されるのです。

最小の経費で最大の価値をつくり出し、結果として「付加価値」を最大にする。この活動を通じてアメーバは、つねに挑戦を続ける創造的な集団となる。

新しい事業を始める際に、もっとも重要だと考えていることがあります。それは、自らに「動機善なりや、私心なかりしか」と問うことです。言い換えれば、そのプロジェクトを始める理由が、利己的な動機ではなく、善意に基づくものであることを確認することです。

自分の利益や便宜、あるいは自分が他人の目にどのように映るかだけを考えていては、意義のあることを成し遂げることはできません。自他ともにその動機が受け入れられるものでなければならないのです。

どうしてもこうでなければならない、こうしたいという、強い意志が経営者には必要なのである。

人生の明暗を分かつものは、運不運ではなく、心の持ちようだ。苦しいときにこそ、明るい希望を失ってはならない。また、成功したときこそ、感謝の心、謙虚な心を忘れてはならない。

使われる人の人格を無視しては、近代産業は成り立たない。

時代がどう変わっても、革新に至る唯一の王道は、現状をよく分析し、さらなる可能性を限りなく追求していくことなのです。

「大幅に値下げをしようと、何としても採算を出すのだ」という強い使命感を持ったリーダーの存在が会社の命運を分かつことになる。

若い頃、私は思想家・中村天風さんの言葉に出合いました。「新しき計画の成就は、ただ不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきに、ただ想え。気高く強く、一筋に」。新しいことをやるには何事にもくじけない強い精神力がいる。であれば気高く、強く、一筋に思いなさいという意味の言葉です。

会社が潰れたのは皆さんの考え方がおかしかったからで、その気持ちを変えて会社を立派なものに変えなきゃならん。 1稲盛和夫の名言

子供時代を過ごした鹿児島で、「若かころの難儀は買うてでもせい」とよくいわれたものです。いま振り返ってみると、まさに至言だと思います。信念とは苦難のなかで養われるものであり、そういう意味では、天が自分に苦しい状況を与えてくれたことに感謝しています。

フィロソフィは経営者やリーダーだけでなく、中間管理職も新入社員も、働く人すべてに必要なこと。世の中のビジネスマンは、「仕事に哲学なんて必要ない」と思っている人が大半。そういう人に対して、人生や社会生活においていかに哲学が重要かを言って気づかせてあげるのは、リーダーや管理職の仕事。

根底に哲学がなければ、欲望を肥大化させ、ついには破滅してしまう。根底に哲学が、とくに「利他の心」が必要。自分たちだけが良ければいいのではなく、みんなか幸せになっていくというものでなくてはならない。

私は京セラを立ち上げた際、経営についてはまったくの門外漢でした。それでも、日々様々な経営判断を下さなくてはならない。そこで私は、「人間として何が正しいのか」を判断基準にしました。だからこそ、迷わずに判断をすることができた。

経営者は常にチャレンジし続けなければならない。さらには、先頭を走る経営者が倒れても、その精神を継承した社員が経営者の屍を乗り越えてチャレンジを続けていく、そのような企業風土をつくらなければならない。

忙しい毎日を送っている私たちは、つい自分を見失いがちである。そうならないためにも、意識して反省をする習慣をつけなければならない。反省ある人生を送ることにより自分の欠点を直すことができ、人格を高めることができる。

人間には、自分で燃える「自燃性」、まわりから焚きつけられて燃える「可燃性」、まわりが燃えても燃えない「不燃性」の3タイプがある。

ビジネスを成功させるためには、夢を抱いてその夢に酔うと言うことがまず必要だ。夢に酔っていればこそ、それを実現させる情熱が湧いてくる。もちろん、実際に事業に着手したら、理性的に判断し、リスクを未然に防ぎ、具体的な方策について考え尽くし、仕事を成功に導くようにしなければならない。

製品には、つくった人の心が現れる。粗雑な人がつくったものは粗雑なものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになる。「製品の語りかける声に耳をすます」くらいに、繊細で集中した取り組みで、製品をつくり上げるようにしなければならない。

僕は航空業界について何も知らない素人です。僕が持ってきたのは2つだけです。ひとつはフィロソフィー、もうひとつは部門別採算制度です。

どんな事が起ころうと、自分が立てた計画は達成しようという強固な意志、強い思いが大切。

大きな判断を誤れば簡単に会社力破綻する時代です。かといって怖がって何もしなければ会社がジリ貧になっていくだけです。同じことを続けていくだけではリーダーとは呼べないでしょう。

人間の能力は未来進行形で発展します。たとえ今は実現できなくても、1年後、2年後に実現するつもりで努力を重ね、勉強をすれば必ず成長する。そのためにはまず、自分の能力が無限に発展すると信じることです。

人間は大きな命題を持って生きるべきなんです。そして命題を持てば、生き方はおのずと変わってきます。

中途半端に支援したんでは、結果的には不親切になってしまう。

厳しい場面や先の見えない状況に陥ることは、仕事人生の中で何度もある。会社の現状や社会の状況はどうあれ、目の前の仕事に対して一生懸命、全身全霊をかけて努力すべきだ。

哲学とは迷ったときに立ち返る原点のような役割を果たしてくれるもの。哲学とは人生観や価値観、「人間として何が正しいか」「人間はなんのために生きるのか」という自分なりの答えでいい。

精神主義かもしれませんが、「みんなのためなんだ」と周知徹底することは改革を進める上で何より重要です。

企業は、改革し続けなければ現状すら維持できない。

経営者を育てるには、社員に経営を経験してもらうことが一番。

自分が本当に正しいと思う判断を行い、持てる能力を発揮し、常に情熱を傾ける。それが人生を成功に導く王道。

仕事でミスや失敗をしたら、反省をし、そこからまたやり直せばいい。

俺を信じられないのは仕方がないが、辞める勇気があるなら、だまされる勇気を持ってくれないか。もし、おまえを裏切ったら俺を刺し殺していい。

人生は、心の中で強く思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れる。だから考える内容が大切で、その思念に悪いものを混ぜてはいけない。

モチベーションを持てるよう努力するとき、自分の就いた仕事について、努めて「好き」になるのが一番いい方法。

厳しい環境が否応なく私を変えてくれ、生きる道を教えてくれた。

ここで生きていかざるをえないなら、これ以上、不平不満をいっても仕方ない、逆境に耐える努力をしよう。

経営者を含め、全社員が同じ考え方を持つためには、誰から見ても正しいと思えるような哲学、それを私はフィロソフィと呼んでいますが、それが必要となる。

その動機は善なりや、私心なかりしか。

人間の進歩の元は素直であるかないかで決まる。自分の非を認めて学ぶ「素直な心」がないと人間の進歩はない。

生涯を通じて打ち込める仕事を持てるかどうかで、人生の幸不幸が決まります。まず、働く意義を見つけることです。

使う方の予算だけは厳守され、入ってくる方の売上は期待通りには増えない。それが予算制度の実態ではないだろうか。それゆえに、私は「予算制度は要らない。要るお金はその都度、稟議を出せ。その都度決済をする」という方法で経営をしてきた。

採算を向上させていくためには、売上を増やしていくことはもちろんであるが、それと同時に製品やサービスの付加価値を高めていかなければならない。

仕事において何かを成し遂げようとするときは、つねに理想の姿を描くべきです。また、その理想を実現していくプロセスとして、「見えるまで考え抜く」ことが大切です。

部下を叱ればいいというものではないし、褒めればいいというものでもない。経営者の目的は、組織を正常に機能させること。そのためには優しさと厳しさの両面が必要だ。

残念ながら、最近の経営者は何かというと「為替の変動で苦しい」とか「マーケットが冷え込んでいて」などという言い訳が先。うまくいかない条件を並べることは簡単ですが、そう思うことが、自分自身を、そして会社を低迷させている元なのです。信念があれば、悪条件を乗り越えてやっていこうという気持ちになれるのです。

私の家が裕福で資産があり、それを元手に会社を設立したのであれば、オーナーとして余裕のある経営ができたでしょうが、創業時はお金もなく、実務経験もありません。黒字化は緊急課題だったのです。幸い、全員で必死の努力を重ねた結果、初年度から黒字決算になりました。

私は「値決めは経営者の最も重要な役目のひとつである」と常々いっています。なぜなら、売り手にも買い手にも納得を与える値段でなければ商売はなりたちません。そのためには絶妙の経営感覚が求められるのです。

いい商売、悪い商売があるのではなく、それを成功に導けるかどうかが重要。屋台を大きなフランチャイズチェーンに発展させる人もいるし、十何年屋台を引いても財産を残せない人もいる。

買収や合併とは、全く違う文化の違う企業が一緒になることであり、企業間の結婚のようなものである。したがって、最大限相手のことを思いやる必要がある。

異なった環境で育った人々の心を結びつけるには、世界中の人々から信頼や尊敬、共鳴や感動を得られる普遍的な経営理念がなければならない。そのような経営理念を世界各地の従業員が共有してこそ、文化の壁を越え、一体となって事業を推進できるのではなかろうか。

常に原理原則に基づいて判断し、行動しなければならない。原理原則に基づくということは、人間社会の道徳、倫理といわれるものを基準として、人間として正しいものを正しいままに貫いていこうということだ。人間としての道理に基づいた判断であれば、時間や空間を超えて、どのような状況においても受け入れられる。

人生には、近道や魔法の絨毯は存在しない。自分の足で一歩ずつ歩いていかなければならない。その一歩一歩がいつか信じられない高みにまで、私たちを運んでくれる。これが、夢の実現に至る、唯一確実な方法なのだ。

ひとつのことに打ち込み、それを究めることによって、人生の真理を見出し、森羅万象を理解することができる。ひとつの仕事や分野を深く追求することにより、すべてを知ることができる。広くて浅い知識は、何も知らないことと同じだ。

情熱は、成功の源となるものだ。成功させようとする意思や熱意、そして情熱が強ければ強いほど、成功への確率は高い。強い思い、情熱とは、寝ても覚めても、二十四時間、そのことを考えている状態だ。

リーダーの行為、態度、姿勢は、それが善であれ悪であれ、本人一人にとどまらず、集団全体に野火のように拡散する。集団、それはリーダーを映す鏡なのである。

事を成さんとするには強い思いがいる。

利益を最大化することが大事や。それには、常に創造的な仕事を行うことで売上を最大化して、経費を最小化すること。そうすれば利益は最大化していくのや。

経費を上げずに売上を上げる方法を考えるのが経営者やろ。

まだだ、もっとやらんかい。そんなことで満足しててどないすんねん。

事業を成長させる出発点は、「何としても事業を成功させたい」という「強烈な願望を抱く」ことに尽きます。

「思う」ということは、人間のすべての行動の源となっている。経営者が何かを強く心に「思う」と、まさにそのことが実現していく。

リーダーは右往左往して取り乱してはいけない。何が本物かということを、心眼を見開いてですね。ドーンと構えて、意見を聞くにしてもですね、自分の心眼を開いて聞かなければいけません。

値決めは、業績を左右します。それは、経営者の能力と、経営哲学の反映なのです。

経営者はどうしても撤退しなければならないという真の引き際を判断できなければなりません。

社員の働く姿勢、それは経営者の姿勢を反映したものなのです。

すべての経営者の人間的資質を測るものさしは、よろこんで自己犠牲を払う用意があるかどうかにあるのです。

経営は、信賞必罰でなければなりません。しかし、厳しい姿勢の陰に温かい思いやりが垣間見られるような、経営者の行動があってはじめて、従業員もついてきてくれるのです。

損益計算書は、経営者の日々の行動を描き出したものなのです。

お客様の要求と願望をすべて満たしながら、利益を最大限まで伸ばすこと、これがビジネスの本質なのです。

経営を行っていくにあたっては、ビジネスの本質が何であるかを決して忘れてはなりません。

リーダーは健全な心にふさわしい健全な身体を養う努力を払わなくてはなりません。なぜなら、リーダーは公正、公平でなければならず、利己的でなく全体の利益を第一にして判断をすることができなければならないからです。

経営者には、人を束ねるフィロソフィーがないと、社員の離反が起きる。

人間の本当の能力は、正しい判断ができるかどうかで、測ることができます。正しい判断をするには、自分が今どういう状況にあるかということを、よく知っている必要があります。そのためには物事の核心に触れるほどの鋭く、かつ細部にまで行き渡る観察力がなければなりません。

もっとも偉大な能力とは、自分自身に打ち克つ能力なのです。 3稲盛和夫の名言

誰にでも誇りを持って話せるような、素晴らしい目的を持っていれば、恐れや罪悪を感じることなく、エネルギーのレベルを上げることができるのです。

私は、自分がそうであったように、「仕事に打ち込んで、世の中に役立ち、自分自身も幸せだった」と感じられる生き方が、時代がどう変わろうと、最終的にみんなが求めているものではないかと思います。

自分の会社を立派にしたいという自己愛が強すぎると、会社は生きられなくなるのです。

順境なら「よし」。逆境なら「なおよし」──。自分の環境、境遇を前向きにとらえ、いかなるときでも、努力を重ね、懸命に働き続けることが大切なのです。

流行に惑わされることなく、ひたすらにテーマに身をささげている、そうすると、ものごとはいつか実を結ぶものです。

人は、天賦の才を決して私物化してはなりません。むしろ、謙虚になり、集団のためにその才能を使うべきなのです。

目的に向かって進んでいく人、挫折を重ねていく人、そして、だらだらと一生を終えてしまう人の一番大きな差は、願望の強さなのです。

まだ誰も考えていない事、やらなかった事をやってみようと決心した時は、あれこれと難しく考えてはいけない。また予見をさしはさむのも良くない。よりシンプルに考えて挑戦してみる事だ。

仕事に惚れる──。仕事を好きになる──。だからこそ、私は長い間、厳しい仕事を続けることができたのです。

経営というものは、経営者の人格の投影でしかあり得ない。そのため、人間として正しい判断基準を持てば、それは必ず経営の実践の場においても有効に機能するはずである。

利己にとらわれない正しい判断基準、価値観を持つことができるようになってはじめて、私たちは「足を知る」ことができ、心から「豊かさ」を実感することができるようになるのです。

「もうこれ以上のものはない」と確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。

お客様が納得し、喜んで買ってくれる最大限の値段。それよりも低かったらいくらでも注文が取れるが、それ以上高ければ注文が逃げるという、このギリギリの一点で注文を取るようにしなければならない。

啓示を受けるほどの切羽詰まった状況、真摯な態度からしか、真にクリエイティブなものは生まれてきません。素晴らしいアイデアを得ようとするならば、困難に真正面から取り組む姿勢が必要なのです。

美しい心を持ち、夢を抱き、懸命に誰にも負けない努力を重ねる人に、神はあたかも行く先を照らす松明を与えるかのように「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれるのではないでしょうか。

人生はつまるところ、「一瞬一瞬の積み重ね」に他なりません。今この一秒の集積が一日となり、その一日の積み重ねが、一週間、一ヶ月、一年、そしてその人の一生となっていくのです。

計画の段階では、悲観的に構想を見つめ直す必要があります。悲観的とは、どのくらい難しいのかを慎重に、小心に考え尽くすことです。

日々新たな創造をしていくような人生でなければ、人間としての進歩もないし、魅力ある人にはなれないだろう。

企業が健全に成長していくためには、経営の状態を一目瞭然に示し、かつ、経営者の意志を徹底できる会計システムを構築しなくてはならない。

製造業におけるアメーバ経営では、ものづくりの基本となるすべての技術を社内に蓄積するためにも、できるだけ外注を使わず、社内に付加価値の高い一貫した生産ラインを構築すべきである。

必要に応じて組織を小さなユニットに分割し、中小企業の連合体として会社を再構成する。そのユニットの経営をアメーバリーダーに任せることによって、経営者意識を持った人材を育成していく。

会社経営の原理原則は、売上を最大にして、経費を最小にしていくことである。この原則を全社にわたって実践していくため、組織を小さなユニットに分けて、市場の動きに即座に対応できるような部門別採算管理を行う。

夢を持つことを恐れてはいけません。大胆になるのです。夢に酔うことは決して罪悪ではありません。

人間としての道理に基づいた判断であれば、時間や空間を超えて、どのような状況においてもそれは受け入れられるのです。

そのため、正しい判断基準を持っている人は、未知の世界に飛び込んでも決してうろたえたりはしないのです。

真の革新者たちが新しい世界を切り開き、開拓することができるのは、彼らが経験豊富であるからではなく、また常識があるからでもありません。それは彼らが本当に崇高な人間の本質を知っており、基本的な原理原則に基づいて判断を下すからなのです。

リーダーと現場の従業員が、日々の仕事の中で、採算を高めようとして努力することが、会社全体の採算を向上させていくのである。

会社が大きくなっていっても、事業の目的に沿って、独立採算が成り立つように組織を分ければ、中小企業の経営者のように経営者意識を持ったリーダーや社員が輩出してくる。

日本はバブル崩壊後、平穏な状態になりました。あまり悪くもならず、そのまま二十数年間経過した。しかし「可もなく不可もなく」じゃいかんのです。

日本は非常に成熟し、博愛の念や弱者への思いやりも強まっています。国民は生活保護法などで手厚く保護されるようになりました。

しかしそれが、「何くそ」という思いで生きる人を阻む要因になっているのかもしれません。非常に逆説的な結果ですが。

今の日本はあまりにも平穏で、安逸をむさぼっています。もうちょっと根性入れて仕事をせんかと思います。

揺るぎない信念はいかにして身につけることができるのかといえば、それは逆境のなかで辛酸を嘗めるような苦労を経験をすることでしか身につかないと、私は思います。

現在の日本はもちろん、アメリカなどを見ても、企業内で様々な不祥事が起こっています。人間として何が正しいのかという哲学をベースに経営を行なえば、このような不祥事は決して起きないはずです。

最初は勝算も何もなく、どうすれば良いかという策も持っていませんでした。JALという会社はどういう会社なのか、どんな経営陣が残っているのか、それらを知ることから手探りでやらなければならない状況だった。

私は単純に、リーダーが組織を引っ張っていく上での物事の判断基準は、人間として何が正しいかという一点だと考えています。打算を捨て、自分に都合がいいとか悪いとかではなく、時にはそれが自分自身や会社に不利益をもたらしたとしても、正しいことを貫いていくことが立派なリーダーになるためには必要なのです。

トップがいくら優秀でも、下が忠実に決まったことを守りさえすればいいという経営手法は時代錯誤。トップの経営陣と同じようなマインドを持った従業員がどれだけいるかで、会社の強さは決まる。

中小企業の経営から始めた私は、「赤字を出してはいけない」という考えが体に染み付いています。中小企業は赤字を出したら簡単に潰れてしまいますからね。中小企業の経営者は収入が減ったらそれなりに支出を減らし、何とかして収益を上げることを考えます。しかし大きな企業は、1度や2度の赤字では潰れません。当事者意識を持ちにくい。経営者も従業員もいつしか、赤字に慣れてしまう。

利他の心に徹していると、人間の力を超えた「他力の風」を追い風のように受けることができます。しかし、その風を捕まえるためには常に自分の心を美しく磨き、しっかりと「利他の帆」を張っておかなくてはなりません。利己まみれの心では、他力の風を捕まえることはできません。

人間として普遍的に正しい判断基準とは、簡単に言えば公平、公正、正義、努力、勇気、博愛、誠実というような言葉で表現できるものである。自分の心の中に、こうした人間として普遍的に正しい判断基準を確立し、それに従い行動することが成功への王道である。

多くの事業家は、自らの才覚と能力に頼る。しかし、それでは一時的に成功したとしても、自分自身の才覚におぼれ、事業が長続きしない。事業を成功させ続けるためには、心を高め、徳のある人格を築き上げていかなくてはならない。

成功する人と、そうでない人の差は紙一重だ。成功しない人に熱意がないわけではない。違いは、粘り強さと忍耐力だ。失敗する人は、壁に行き当たったときに、体裁のいい口実を見つけて努力をやめてしまう。

「これだけでも十分ではないか」という、足るを知る心によって初めて、人間は幸せを感ずることができる。そうすれば、今自分が生きていること、そのことに対しても心から感謝をすることができる。

信頼関係は自分自身の心の反映だ。たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。その中でしか、信頼関係は生まれない。信頼とは、外に求めるのではなく、自らの心の内にもとめるべきものなのだ。人生というのは魂の修行の場ではないかと考えている。苦難は魂を純化、深化させるために与えられている試練であり、成功もその人間がどこまで謙虚でいられるかを試すものでしかない。

値決めは経営である。経営者が積極的であれば、積極的な価格になるし、慎重であれば、保守的な価格になる。値決めの目標は、お客様が喜んで買って下さる最高の価格を見出すことだ。値決め、それは経営者の能力と、経営哲学の反映だ。

セラミック分野での研究成果や技術を世界で試してみたいという思いを持ち、京セラを創業したのは27歳のときです。それからは、ただひたむきに、一生懸命、仕事に打ち込んできたつもりです。京セラは幸運にも発展を続け、私は経営者として称賛されるようになりました。

あの人は素晴らしい人だったと、どうすれば心から言ってもらえるようになるのでしょうか。家の書斎が宗教と哲学の本で埋まるくらい本を読みました。

それでも疑問が消えず、禅寺に通い、在家ではありますが仏門に入りました。

そこで改めて気づいたのが、心を美しくするにも一心不乱に仕事をする、どうもそれしかないなということでした。

昨今の世相の乱れを憂い、教育改革がよく叫ばれています。しかし、私は教育を論ずる前に、労働の価値と意義を子供や若者たちに教える必要があると思っています。

多くの日本人が自分に与えられた仕事に打ち込み、また、世のため、人のために役立とうとするなら、21世紀の日本は素晴らしいものになると信じています。

小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり。

他人に良かれと動き、仲間のために汗をかくとき、売上は爆発的に伸びる。

経営者は、特に大企業なら何万人、何千人と従業員を抱えているわけですから、リーダーとしての強い意志が求められる。

10年間、「彼はスゴイ」と他人から言われるぐらい頑張れば、一廉の人間になれる。

誰にも負けないぐらいの努力をせよ。

思いが人生を形作ります。現在の自らの状況は、その人が思い続けてきた結果です。現状に満足していなくても、それはその人の思いの集積なのです。

私が創業した京セラは、もともとは中小零細企業です。私は、社員が希望を持てる会社にしたいという一心でやってきました。

それには何が大事かというと「思い」です。それも非常に強い思いが必要になる。

人間は、たとえ年を取っても考え方は変えられる。

本当の親切というのは、のるかそるか、もう後に引けない状態にこちらを追い込んでやってあげることだ。

リーダーが立派な人間性、人格を備えていなければ組織を引っ張っていけない。

ワンマン経営ではいずれ成長が止まってしまう。

会計が分からなければ、社長は務まりません。

全従業員の参与がなければ良い経営は実現できない。

思いを強くする人に情報は集まってくる。

つらいことはいくらでもありましたが、歯を食いしばって頑張ってきました。

よほどのことがないかぎり、部下として筋を通して一生懸命接していけば、上司もわかってくれる。

私がそうだったように、あえて厳しい環境を見出していけば、必ず成長できるはず。

いいんだ、悩め。悩んで悩んで、考え抜け。必ずどこかでわかってくる。

企業経営はヘリコプターと同じ。努力をして一生懸命にプロペラを回して宙に浮いていねばならない。

経営マインドを持った人材の育成には、小さくてもいいので自らの責任で部門運営をさせることが一番。

人生とは、自分自身が脚本を書き、主役を演じるドラマだ。どのようなドラマを描くかは自分次第であり、心や考え方を高めることによって、運命を変えることができる。一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれていく。将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかない。

強い情熱とは寝ても覚めても、二十四時間そのことを考えている状態です。実際に二十四時間考えつづけるのは不可能でしょう。

しかし、そういう意志を持ちつづけることが大切なのです。そうすれば願望はいつしか潜在意識に到達し、寝ても覚めてもそのことに意識を集中しつづけることができるようになるのです。

経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。

長い人生の旅路では、失望や困難、試練の時が、何度もあることでしょう。しかしそれは、自分の夢の実現をめざし、すべての力を奮い起して誠実に努力をする、またとない機会でもあるのです。天は、誠実な努力とひたむきな決意を、決して無視しないのです。

リーダーという存在は、相手が聞く耳をもっていようともっていまいと、自分の信じるところを諄々と部下に説いていき、心から納得させなくてはならないのです。

「素直な心」「熱意」「努力」といった言葉は、あまりにプリミティブなために、誰も気に留めない。しかし、そういう単純な原理こそが人生を決めていくポイントなのだ。

人生において「無駄な苦労」というものは、実は一つもありません。なぜなら、苦労そのものが人間をつくっていくからです。

「誰にも負けない努力」を続けない限り、大きな成果は期待できない。人並み以上の努力をせずに、大きな成功を収めるということは絶対にない。

成功する人としない人との差は紙一重。

高く自らを導いていこうとするならば、あえて障壁に立ち向かっていかなければならない。その際、一番の障壁は、安逸を求める自分自身の心だ。

そのような自分自身に打ち勝つことにより、障壁を克服し、卓越した成果をあげることができる。

安全なくして、この会社が存在するわけがない。安全は一番大事なんだ。だけど、その大事な安全を守るためにはお金がかかるだろう?

だったら、安全を守るためには、利益も生まないと駄目なんだ。

私は若いころ、プライベートな人生と仕事を分けて考えるべきかどうかということで、大変悩んだ時期がありました。

働くとは生きるための糧を得る手段であり、自分の人生はまた別のところにある。こう考える人が多いのでしょうが、本当にそれでいいのかと。

そんなときにこの本に出会ったのです。以来、働くとは自分を磨くことであり、自分の人生と仕事を別々にとらえるのはおかしいと考えるようになりました。

お客様から「尊敬」されるようになれば、たとえ他の会社が安い価格を提示しても買って下さるだろう。商売の極意とはお客様の尊敬を得ることだ。売る側に高い道徳観や人徳があれば、信用以上のものが得られる。

固定概念に基づいて、経営を行ってはいけません。枠にとらわれない「心の自由人」でなければ、クリエイティブな発想も高収益も達成できるはずがありません。自らの常識を破り、自己を変革していくことが経営者には必要です。

神が手を差し伸べたくなるぐらいにまでがんばれ。

私は、経営を学んでいく過程で、会計が現代経営の中枢と考えるようになりました。会社を長期的に発展させるためには、財務状況の実態を正確に把握されなければならないと気づいたのです。

会計システムを確立し、原価、費用などの細かい数字を把握し、経費を最小限に抑えることで利益をあげることが会社継続の源泉。

いま、私に一軒の飲食店を任せてもらえば、何人かの人を雇って見事な店をつくってみせます。それは、ラーメン屋でも、おでん屋でも同じ。売上を増やし、コストを抑えるための創意工夫は、どの商売にも通じるからです。

早く言えば売上から費用を引いたものが利益だから、売上を最大にして経費を最小にすればいい。そうすればいろいろな種類の利益もすべて問題なく増える。

会社が大きくなってからシステムを作るのではなく、小さいころからしっかりしたシステムを作ったから京セラは大きくなれたし、大きくなっても大きな問題が起きなかった。

人はインスピレーションを外に求める。しかし私は、内に求める。自分が今やっている仕事の可能性をとことん追求して、改良を加えていくと、想像もつかないような大きな革新を図ることができる。

創造というのは、意識を集中し、潜在意識を働かせて深く考え続けるという苦しみの中から、ようやく生まれ出るものだ。決して単なる思いつきや生半可な考えから得られるものではない。

私は、仕事に関して完全主義だ。このような完全主義を自分に課し、毎日を生きることは大変つらいことだ。しかし、習い性となれば、苦もなくできるようになる。経営者は、完全性を追求することを、日々の習慣としなければならない。

素晴らしいチャンスは、ごく平凡な情景の中に隠れている。しかし、それは強烈な目標意識を持った人の目にしか映らないものだ。成功に至る近道などあり得ない。

情熱を持ち続け、生真面目に地道な努力を続ける。このいかにも愚直な方法が、実は成功をもたらす王道なのである。

あなたの経営者としての値打ちは、その程度のものなんですか。売上に対して1~2%の利益を稼ぐことで満足しているのですか。社員の幸せのためにも、胸に手を当ててよく考えてください。

経営に関する数字は、すべてがいかなる操作も加えられない経営の実態を表す唯一の真実を示すものでなければならない。

「利益率が1ケタでいい」などという考え方は、自分を過小評価していることになる。

売上の10%くらいは税引前利益がなければ事業とはいえない。

百年に一度という大変革期に巡り合わせたことを大変な幸運と思おうではないか。このチャンスを大事にして、成功に向けて一丸となって燃えよう。

我欲を満たそうとするから、慢心が起きる。

利益を最大に、経費を最小に。経営とは簡単なことだ。売上を最大限に増やし、経費を最小限に抑えることによって、利益を最大にするという、最もシンプルな原則に基づいて事業を経営することだ。

企業経営には、権謀術数が不可欠だと感じている人が多いかもしれないが、そういうものは一切必要ない。今日一日を一生懸命に生きさえすれば、未来は開けてくる。

人間として正しいことをすれば、宇宙は応えてくれる。

日本は今後、少子高齢化が進んで人口が減少していきます。そういう中で、これまでのような経済発展を求めるのは非常に難しくなると思うんです。

そんな中でも日本が未来に残さないとならんものというのは、日本人の美徳といいますか、親切心やおもてなしの心、礼儀正しさといった人間性です。

生きていくには自分で何とかしなきゃならない。本来は社会がこうした強い自覚を持てるように仕向けなくてはならなかったかもしれません。

ですが、「ダメなら助けてあげましょう」という制度が奮い立つ熱情を失わせていった。これは成熟した社会になればなるほど、ついてくる問題なのかもしれません。

些細なことでも社会に貢献したらどうですかと言いたいですね。いったんこの世に生を受けた以上、世のため人のためになるようなことをしようじゃありませんか。

私たちは皆、何かを成すために生を受けています。それに気がつかないのは、空しいじゃありませんか。

人間は多かれ少なかれ、世の中の役に立つべきであり、世の中の役に立つことをやるべきだという思いは昔からありました。

「世のため人のためになること」を成すのが、人間として最高の行為であり、自分の人生はそのためにあるのだと信じて生きてきたつもりです。

それが私のいう「大義」です。事業の展開を図るときも、つねにこれをベースにして考えてきましたので、大義は私にとって非常に大切な言葉です。

意識の変化には、JALの社員が倒産という「死の淵」を覗いたことも大きかったでしょう。その恐怖心がなかったら、本気で意識改革をしようなどとは思わなかったかもしれません。

いまに西ノ京原町一になるな、原町一になったら中京区一や、その次は京都一やで。そして日本一までいったら世界一を目指そうな。

どんな逆境にあっても、今、目の前にある仕事に、不平不満を抱かずに一生懸命頑張っていくことが、その人の人間性を高めていく。

その熱心な、必死な努力が、いずれ必ず自分の人生を開いていく元になる。

航空業界ほど不安定な業界はないと思っています。例えば、天候が悪かったり、地震が起きたりしても需要は落ち込みますし、世界的な景気変動の影響も、まともに被ってしまうのが宿命です。

突発的にいろいろなことが起こって経営が左右されてしまう不確実な業界なのです。ですから、私はたとえ再建がうまくいって、今は経営が順調でも決して安心はできないと思っています。

経営者が自分を犠牲にしてでも従業員の待遇を良くしてやるとか、お客さまを大事にするとか、そういう心があれば、必ず従業員もお客さまも会社を大事にしてくれる。

JALの経営再建時、京セラで私が編み出した独自の管理会計システムも導入しましたが、何といっても、哲学が浸透していったことで、幹部、社員は自己犠牲を厭わないようになりました。

みんな他人のために喜々として働くようになり、それにつれて業績もみるみる向上していきました。

能力を未来進行形で考えなければならない。あえて自分の能力以上の目標を設定し、自分の能力を高い目標に対応できるようになるまで高める方法を考えるのだ。

夢を現実に成就させるためには、強烈な意志と熱意が必要となる。「こうありたい」「こうすべきだ」という強い意志は、その人の奥底にある魂そのものからほとばしり出るものでなくてはならない。

創造的な仕事とは、高度な技術を開発するということばかりではない。今日よりは明日、明日よりは明後日と創意工夫をこらし、改良、改善を積み上げていくことである。

一人ひとりが自分の持ち場で、もっと能率の上がる方法はないか、昨日の欠点をどうしたら直せるか、考える習慣をつけることだ。

禅の世界では、座禅を組むことと一生懸命に仕事をすることは同じです。妄想雑念を振り払い、ひとつのことに打ち込み、働く。

その中でこそ、人格、魂が磨かれると教えているのです。生涯を農村復興に捧げた二宮尊徳があそこまで人格を高められたのも、なるほどそのためだったのかと。

人間死ぬとき、地位も、名誉も、財産も持っていけない。あの世へ持っていけるのは自分の魂だけなんです。魂が生まれたときに比べ、どれくらい美しくなったかということが、最も重要と考えるようになりました

努力には限度がない。限度のない努力は本人が驚くような偉大なことを達成させるものである。自分の中にある既成概念を壊さなければならない。

壁を破り、一線を越えることによって、成功に至る。この壁を突破したという自信が、さらに大きな成功へと導いてくれる。

できない理由を並べ立てる人がいる。これでは新しい事業を達成することはできない。何もないことを前提として、目標を達成するために必要な人材や設備、技術をどう調達するかを考えなくてはならない。

日本経済が低迷した大きな理由の一つとして、不撓不屈の精神が欠けてきていたからではないか。

ひとつの分野だけではそのビジネスが苦境に陥れば会社が傾いてしまいます。そんな事態を避けるためには、会社を変革し事業を多角化していく必要がある。

社員を雇用しながら利益を出している良い状態は、言ってみれば空中に浮かんでいるようなものです。努力を怠ればあっという間に地に落ちてしまいます。当たり前のことです。

自らにルールを課すのは大切ですが、ひとつのルールに固執し続けても会社の革新は止まってしまいます。

企業の根幹がズレたらガタガタになる。

錐は力を先端の一点に凝集させることで効率良く目的を達成する道具。

錐のようにすべての意識や神経を一つの目的に集中すれば、誰もが必ずことを成し得るはず。

自分に厳しく、他人にも厳しく。

事業経営においては、不誠実な人や不祥事を起こすような人はリーダーにはなりえません。リーダーはよほどしっかりした人間でなければならないのです。

個人の能力や才能は人類や社会に役立てるために与えられたものである。

企業というのは従業員たちが幸福になる仕組みでなければ、長く存続しない。

私は、会社経営の目的というものは全従業員の幸せになってもらうことにあると思っています。従業員が一生懸命働いてくれたら業績が上がり上場もできるのです。

人生というのは志で決まる。それを貫くだけの意志があれば。

仕事は「ど」がつくくらい「ど真剣」に打ち込むべき。一度きりの人生を「ど真剣」に生き抜く真摯な姿勢があれば、どんな仕事も好きになる。

一所懸命に仕事をするというのは、自分が思うよりも、人からそう思われることだよ。

ゼロからスタートし、ハンデを背負っているのだから、条件のそろった人より何倍も努力しなければならない。

継続は力なりで、粘って、粘って、何度も何度もチャレンジしないと何ごとも成功しない。

50人の従業員がいれば50とおりの個性があるわけで、リーダーがそれを束ねてひとつの方向に導いていかなければ会社はバラバラになってしまう。

そして、従業員にとってたんに居心地がいいだけの甘い会社は、いずれうまくいかなくなります。

リーダーは揺るぎない信念で、「いまこの会社にとって何が正しいことなのか」を従業員に説き続けなければなりません

新しい事業を始める際に、もっとも重要なこと、それは自らに「動機善なりや、私心なかりしか」と問うことだ。

動機が善であり、実行過程が善であれば、結果を心配する必要はない。ものごとに筋が通っているか、すなわち道理に適っているかどうかを判断するためには、単に論理的に矛盾がないかということだけでなく、それが人としてとるべき道に照らし合わせて、不都合がないかという確認が必要だ。

新しい事業を始める際に、もっとも重要なこと、それは自らに「動機善なりや、私心なかりしか」と問うことだ。動機が善であり、実行過程が善であれば、結果を心配する必要はない。

ものごとに筋が通っているか、すなわち道理に適っているかどうかを判断するためには、単に論理的に矛盾がないかということだけでなく、それが人としてとるべき道に照らし合わせて、不都合がないかという確認が必要だ。

盛和塾でもよくいっているのですが、いろいろな交渉などで簡単に妥協してしまう経営者がいますが、そういう人は信念が希薄だから妥協してしまうのです。

なぜ、信念が希薄なのかといえば、それは大義を考えていないからです。つまり、簡単に要求を呑んで妥協してしまうのは、「この厳しい交渉を一刻も早く終わらせたい」という、経営者の私心にすぎません。相手が利己的なのではなくて、経営者こそ利己的なのです。

人間は、しばしば本能をベースとして判断を行います。しかし、それでは動物と同じです。もし、状況を客観的に見ることができれば、もっと良い意思決定ができるはずです。本能を抑えることが重要なのです。

そうすると、心の中に理性が入ってくる隙間が生まれ、論理的に考えることができるようになるのです。問題は、行動をどれだけ理性で、コントロールできるかということです。

本能を抑えることは容易なことではありません。人間は本能なしで生きることはできませんし、私は、本能をすべて取り除けと言っているのではないのです。

大切なことは、本能に支配されないことです。我々は本能を、意志の力で抑えることができなければならないのです。人間が本能に従うのは自然なことですから、本能を抑えることはたいへん難しく、簡単にできることではありません。

必要なことは、利己的な欲望が出てきた瞬間に、それに気付き、意識してそれを抑え込もうと、努力することなのです。本能心をコントロールすることを覚えなければなりません。

それが理性を高め、正しい判断を行う能力を与えてくれるのです。

私は長期のビジネス計画は立てません。今日の仕事がうまくゆくかどうかも、また明日何が起きるかもわからないのに、今から十年先のことなど見通せる訳がないからです。

代わりに、毎日を懸命に生きるよう、自分に言い聞かせています。

そうすると、明日が見えてくるようになるのです。そして一日一日の積み重ねが五年後、十年後には、大きな成果を生むことになるのです。

一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれてくるのです。正確に将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長上にしかないのです。

長期の目標を立てる時、私はわざと自分の能力を超えたところに設定します。言い換えると、現在の自分の力では達成不可能と思える目標を選択するのです。

誰でも、現在自分が持っている能力を考えて、今、何ができて何ができないかという判断はできます。しかし、新しいことを成し遂げようとする時、それだけでは不充分なのです。

現時点ではとうてい実現不可能だと思えるようなことを、何とか成し遂げようとする努力からのみ、驚くような成果が生み出されるのです。

若い頃は「人生で偉大なことを成し遂げたい」という夢を持つものです。すべての若者がそのような夢を持つように、大いに奨励すべきでしょう。

ただ、偉大なことを成し遂げるには、日々、身を粉にして働かなければならないということも若い人たちは理解すべきです。努力が伴わなければ、いくら大きいビジョンでも、単なる夢にとどまってしまいます。

努力-意味のある努力をたゆまず続けることなしに、価値ある目標が達成されたことはありません。人生の旅路には近道も、また楽々と飛んでゆける魔法の絨毯などもないのです。自分の足で、一歩ずつ歩いていかなければならないのです。

このまどろっこしい、慎重なやり方では、長い道のりを歩き続けるのは不可能に見えるかもしれません。このペースでは偉大なことなど、決して成し遂げることは出来ないと思い始めるかもしれません。それでも、焦ってはいけません。

小さな歩みの一歩一歩が積み重なり、相乗効果を生み出していきます。日々の地道な努力が生む小さな成果は、さらなる努力を生み出す原動力となるのです。

そしてこの努力は、さらにより大きな結果をもたらします。あきらめずに続けてゆけば、いつか信じられないほどの高みにまで私達を運んでくれるのです。

個々の人生においても、企業経営においても、「一歩ずつたゆみなく歩む」ということが、夢の実現に至る、唯ひとつの確実な方法なのです。

利益がおこげのようでは情けないな。

私が塾長をしている盛和塾には、中小企業の経営者の方がたくさん集まっておられます。

私が、「あなたはなぜ会社の経営をしているのですか」「経営にはビジョンとミッションが必要なのではありませんか」「会社をよくしようと考えたら、まずはみなさんの考え方から変えていかなくてはならないのではないですか」といったお話をしますと、みなさん「ハッ」と驚かれます。

それまで、自分の会社の利益というミクロな問題にのみ汲々としていた経営者が、自分の仕事の大義とは何かに目覚め、思考がほぐれていくと、急に視界が拓けるように感じるのではないかと思います。

大義を考えることには、こうした効果があるのです。

私の世代は、大学を出ても就職先などないのが当たり前でした。そして、幸運にも仕事に就くことができたら、その仕事を必死でやるのが当たり前の時代でした。

逆境のなかで耐えて、耐えて、必死になって働き続けることによって自分の精神が鍛えられ、揺るぎない信念が磨かれていったように思います。

つまり私の信念は、自分で求めたのではなく、他動的というか、環境から授かったものという気がいたします。

上司から指示された仕事を我が事にしてしまい、創意工夫を加えながらその仕事の範囲をどんどん拡大していけば、やれることは無限にあると同時に、いくつもの壁が立ちはだかってくることがわかります。

営業ひとつとっても、「お前はこのテリトリーをやっておけ」と指示されて、そのとおりのことしかしない人は成長できませんが、決められたエリア内を深掘りしようと思えばいくらでも工夫はできます。

そうすることによって仕事はいくらでも広がっていき、そして広げれば広げるほど、苦労は増えていくのです。

頭角を現わしてくる人間は、みなそうやって「苦労を買っている」わけで、そのなかで揺るぎない信念が養われていくのではないでしょうか。

おまえは、大学を出ているから「知識」は十分あるんだろう。通信事業をやってきたのだから「見識」もあるんだろう。

だけどおまえには「胆識」がない。物事を決めるときには知恵だけじゃダメなんだ。本当にそれを自分がやりたいと思う。

もしくはやらないといかんと思う。そして、そのためにはどうやればいいのか。

それを考え抜いたうえで発言しろ。

私も経営者になりたての頃は、研究開発、製造、営業に忙しい日々を過ごしていましたが、経理については素人で、ベテランの経理部長に任せていました。

あるとき彼と、次のようなやりとりがあったことを記憶しています。

私が「利益は出ましたか?」と訊ねたところ、部長は「売上の一割程度の利益が出ました」といいます。そこで「そのお金はどこにあるの?」と聞くと、彼は「お金はありませんよ。まだ売掛金のままですから、税金は銀行から借りて払います」と答えるではありませんか。

いわゆる「勘定合って銭足らず」という状態です。つまり、一割程度の税引前利益が出ていても、場合によっては資金繰りが苦しくなります。

手元のキャッシュが少ないようでは、経営戦略上も有効な次の一手が打てません。

自ら燃える自燃性の人間になれ。

もうダメだというときが仕事の始まり。

よく言う者はあれど、よく為す者は少なし。

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