秋元康

秋元 康の名言集

人間というのは、必ず何かと引き替えに何かを手に入れる。その現実を見ることが大切。

時間に追われている人は人生を楽しめない。無駄な時間の中にこそ、宝物は埋まっているのです。

自分一人が面白いと思ったなら、必ず他にもそれを面白いと思う人がいる。言い換えれば、面白いことに気づいている自分がすでに面白い。クリエイティブというのは、そういうものだと思います。

インターネットで公開されている情報よりも、みんなが情報だと思ってないことに気づくことのほうが、じつは情報としての価値は高いということである。

成功を手にした人たちは何が違うのかというと、「行動を起こしている」ということです。問題は、やるかやらないかなんです。

みんなが集まっている野原には、野イチゴはない。だから、野イチゴがたくさんありそうな、未開の場所を探す。蛇がいたり、滝があったり、みんなが危ないという場所にこそ、野イチゴはたくさんある。

全ての自信には、根拠などない。

ほんとうのやさしさとは、自分から与えるのではなく、相手が求めてきたときに、さりげなく示すもの。

僕はベストセラーを必ず読みます。ベストセラーには、売れた理由が必ずあるからです。そして、それは自分に無かったものが多い。二番煎じを考えるのではなく、自分に無かったものを素直に認めることが、次のステップに繋がるからです。

大事なのは、自分にとって何が幸せなのか、どうすればドキドキできるのかを、しっかり理解しておくことです。

ビジネスパーソンに最も必要なのは、人生観を固めることだと思っています。つまり、自分なりの価値観をはっきりさせること。

自分なりの思い込みを、持っている人は強い。自分のやっていることが正解なんだと信じていれば、それが自信につながる。

人から嫌われることを恐れるより、欠点はあってもいいから、それ以上に魅力のある自分になったほうがいい。

僕はこれまで成功を手にした人にたくさん出会ってきました。この人たちは何が違うかというと簡単です。「行動を起こしている」ということです。成功できなかった人は必ず後からついてくる。「自分も同じ事を考えていた」と言って。実行に移す人は案外少ないんですよ。

せっかく人生の旅に出たのだから、立ち止まっていたのでは損です。じっとしていても、時間は減っていくばかり。だったら動くことです。

大切なことはやる気を起こさせたり、落ち込みをなくすことではなく、止まっている気持ちを動かすこと。

幸せって、どこか遠くにあるような気がしますが、実はとても身近にあるものだと思います。それをいかに見つけることができるか。あるいは、それに気づくことができるかどうかで、人の心は幸せにも不幸せにもなる。

残念ながら、僕が君を幸せにすることはできない。君を幸せにしてくれるのは、君自身。

努力は必要です。言い方を変えれば、努力は成功するための最低条件です。

幸運をつかむには、方法も、法則も、テクニックもない。あるとすれば、ただひとつだけ。自分は運がいいと思うこと。

遠くにある幸せを探すより、身近な幸せをどれだけ見つけられるかが重要です

お客さんを重視すると言っても、迎合するわけではありません。送り手と受け手の間に成立している予定調和を壊すようにします。予定調和は、それだけで受け手の興味が薄らぎますから

本当の失敗とは、失敗したことに負けて、時間を無駄にしてしまうこと。

発想というのは、うんうんうなってパソコンの前でひねり出すものではない。どちらかといえば反射神経の問題ですね。

僕はいつでも「いまそこにある偶然」が面白いなと思うんです。つまり、与えられた状況でどれだけ楽しめるかという話です。

生活・文化面で今年のキーワードをあげるとしたら「最小公倍数」でしょう。これまで日本では「最大公約数」が重要でした。音楽業界やテレビ業界も、子供からお年寄りまで、万人に受け入れられるものを求めてきたんです。しかし、これだけ嗜好が細分化されてくると、そういうやり方はもう通用しません。

嫌われる勇気をもって自分を出さなければ、人に好かれることはありません。

アイデアとは、その人の日常のモノの見方を反映する。

でこぼこ道や曲がりくねった道、地図さえない。それもまた人生。雨に降られてぬかるんだ道でも、いつかはまた晴れる日が来るから


困難の少し先には、ご褒美として、幸せが落ちているものです

誰かがどうにかしてくれるわけじゃない。あなたの人生をつくっていくのは、あなた自身。

出世して社長になったり、創業者利益で莫大な資産が手に入っても、必ずしも幸せになれるとは限りません。

誰でも、日頃からいろいろなものを見て、聞いていますよね。それを「面白いな」と思ったときに、頭の中で付箋が貼られて記憶になる。すると、何かアイデアが必要になったときに「あれが使えるな」と反射的に思い出す。その瞬間の作業が発想なんだと思います。

本物の天才は別として、多くの人は発想するときにさほど創造的なことをしているわけではないと思う。見聞きしてきたものを組み合わせているだけです。だから、発想は生み出すものというより、「気づく」ものなのかもしれません。

人生を振り返ると、90%は先人たちの言っていることのほうが正しい。だから、制限を外して考えることの難しさはよくわかります。でもそれを乗り越えなければ、新しいものが生まれないのも確か。そう考えると、発想法の前に、まずはセオリーからはみ出す「勇気」を持つことが必要なんだと思いますね。

10戦10勝を目指すのではなく、「5勝4敗1引き分け」でいい。そう思ったら自分自身がとても楽になりました。たとえスタッフの仕事にミスがあったとしても、怒るのではなく、逆に励ますことができるようになりました。

当たり前のことですが、人生で失敗しないことなどあり得ません。40歳を過ぎていろいろなことがわかってくると、むしろ時には負けたり、引き分けたりすることが人生なのだと気づきました。

いわゆる本流は予定調和の世界であって、受け手は送り手の出すものを予測できてしまう。この流れに乗った企画は、エンターテインメントとして面白くなりません。ゲリラを目指して、その時々の流行の裏を行く。

AKB48の人数が増えて、全員が歌ったりCDジャケットに写ったりテレビに出たりできなくなったとき、最初は僕が16人のメンバーを決めてたの。でもそのうちファンから「秋元はわかってない」という声が出てきた。だったらプロ野球のオールスターみたいに一年に一度、ファン投票で決めてもらおうって。

芸能人もビジネスマンも運ってすごく大事でしょ。じゃんけんって、その人の運の強さを量れるからバカにできないんだよ

僕は総合プロデューサーですが、全員は見られない。ファンがメンバーのプロデューサーでもあり、その集合体がAKBなんです。

「クールジャパン」の本質とは、自国のコンテンツに自信を持つことです。納豆にたとえると、今までは外国人に売るために臭いや粘りを消そうとしていた。でも糸を引き、臭うのが納豆なんだ、と開き直る。それが必要なんだと思います。

誰もが犯しやすい間違いは、嫌いな人の存在を認めないことだ。

嫌だと思っているのは自分だけで、人は気にしていない。本人にとっては大きな悩みでも、コンプレックスのほとんどは自分だけの問題。

仕事を依頼された時、僕はいつも「この人はなぜ自分に頼んだのだろう?」と考えるんです。他の誰かではなく僕ができることは何だろう…と、自分に問いかける。言い換えると、「自分だけの「武器」とは何か」と。

最初に技術がなくて、もっと言えば根拠がないところからスタートしているので、根拠にしがみつくことがなかった。手探りで進む中で「コレ、面白そうだな」と感じたものをやれました。いくつか新しいことができたのも、初めに技術を学んでいなかったからかもしれません。

海外進出はインターネットの時代だから可能性を見い出せました。AKB48の成り立ちや活動を海外の人がリアルタイムで知ってくれたことは大きかった。

僕たちの世代は欧米への憧れがあって、今までは「欧米みたいなもの」を作りがちでした。ですから、なかなか成果は上がりません。その一方で、畳や障子の技術が評価されたり、日本アニメが評価されたりしています。

ヒットする曲には、歌詞のすべてに力が入っていない場合が多いんです。一行目から全力だと、勝負どころが浮きあがってこないから。そして、肝になるところは、どんなにコストや時間が限られていても、とことんやるべきだと思います。僕は今でも、大切なところはイメージどおりになるまで何度もリテイクします。

経産省とクールジャパンとして、いろいろ海外に向かおうとしているところです。日本のコンテンツ力を見せつけたいですね。

ひばりさんに作詞家として認めていただいて、それを歌っていただいたということが、もしかしたら、自分の中でプロになった瞬間だと思うんですよね

「ヒットは狙えても、スタンダードは作れない」ということなんです。ヒットっていうのは狙って打っていけるような気がするんですが、スタンダードっていうのは結果ですからね。

「この人はすごく努力してるな」って思ってもそれが報われない、あるいは「すごく才能があるな」と思っても花開かないタレントさんを僕はたくさん見てきたんですね。だからそういう人たちを見ていると本当に才能とか努力とか汗だけじゃなくて、なにか大きな運が動いているような気持ちになるんですよ。

年齢が上になってくるとだんだん自分が決定権を持つようになるんですよ。昔は外野から「それじゃあ売れないぞー」とか言ってたんですが、だんだん自分で決定しなきゃいけなくなるとバットを短く持ってしまうんですね。


必ずしもみんながやらないことをやっているわけではないんですが、外の風景よりも自分が見たい風景の方に進むってことでしょうか。

いい子だからAKB48メンバー内で唯一説教をしたことがない。

いつか、必ず、チャンスの順番が来ると信じなさい。自分の境遇の悪さだけを嘆いていても始まりません。

忘れまいとしてメモには取らない方がいい。なぜなら「忘れる」というフィルターがかかる事によって、重要性のないものがどんどんこぼれ落ちていくからだ。忘れてしまう事は、「記憶」に値しない。

何でも「わかります!」「得意です!」という人間ほど当てにならないものはない。売れる企画を生み出すためには、自分の得意分野をもつと同時に、負の要素を持っていた方がいいと思うのだ。

危険な場所や行きにくいところにあえていくことこそ、おいしい野いちごを見つける最良の方法なのである。

モノになる企画を発想するためには、全く違ったところに「種」を蒔いておかなければならないのだ。

みんな、必死に努力して、じっと、チャンスの順番を待つしかないのです。

何が必要かと言えば、他の人が捨てて、気づかないような情報だけもてばいいのだ。他人が捨ててしまっても、自分の興味が惹きつけられて、頭の中に残っている情報のほうが重要なのだ

ただ闇雲に勉強すればいいというものではない。大切なのは、自分にとって何が専門分野なのかを見極めることだ。専門分野とは、戦うために磨いた自分の剣をもつということである。

許すは、まず、自分を許すことから始まります。

ストレスは解消するものじゃない。大切に育てるものだ。

自分の興味の対象とか、自分だけが知っている事、自分が得意な分野、それをどれだけ主張できるかが、その人間の個性を作っていくのである。

恋愛を客観的に語ってもダメなんだって。当事者の主観でしか語れないんだから。

人間は、今、この瞬間の素晴らしさに気づかないんだ。時間が経たないとね。

今の若い男女はみんなすぐ恋人と考えちゃう。女の子も、出会った人を「彼氏にいいかも」、「結婚できるかな」と考えちゃう。そうではなく、そういう意識をしない男友達、女友達がすごくいいと思う。

自分はピカソになりたい広告代理店マン。でもピカソになれるとは思わない。なりたいと思った時点でダメだと思う。自分は天才でも芸塾化でもない。自らが見たい絵ではなく、人が見たいと思うものを書いてきた。

結局のところ、絶対に無理、と思われることに挑戦することが一番面白い。これからも、絶対に無理、と思われることを仕掛けていきたい。

定期的に嫌いな人に会う事にしてるんです。なぜなら嫌いな奴ってのは、自分に似ているタイプか正反対か、どっちかなんです。なぜその人が嫌いなのかを考える。すると、知らなかった自分の好みや信念を発見出来る。

人は一生懸命に生きようとそうでなかろうと、それによって寿命が延びる保証はありません。

努力がなかなか報われない場合、どうすればいいか?……人のせいにしなさい。君の努力の結果に気づいていない、まわりの人間がいけないのです。もちろん、これ以上努力のしようがないくらい努力した場合ですよ。「この人たちには見る目がない」と思いなさい。

ファンは、行動全てを絶賛するファンだけではだめで、厳しいファンも必要です。10人の厳しいファンが90人の優しいファンを導いてきてくれます。この10人の厳しいファンがいないと、優しいファンはもう来なくなってしまいます。

まず一歩目を踏み出すことが大事。成功した人、夢をつかんだ人がいるが、ただ一歩を踏み出したか踏み出していないかの差。皆さん、夢に向かって歩き続けてほしい。夢は全力で手を伸ばした1ミリ先にある。

私は50歳を過ぎて人気アイドルグループAKB48の曲の作詞をしていますが、女子学生に対して取材など全くしておりません。私が女子学生に話を聞いて作詞してしまうと、普遍的に理解できない曲ができてしまうのです。私は、誰もが受け入れられる言葉の中から面白いと感じたものを使います。

僕は目の前にあるものは何も見ません。現在の流行とは1、2年の遅れを経てここに形になっているため、今から同じ事業を展開しようと思っても絶対に間に合わないのです。

アイデアは料理でいう「食材」のようなもの。並べただけでは料理になりません。何かをプロデュースする場合、「この食材をどう料理すればおいしいのか」を食べる側に立って考えます。

周りを何も見ずにやりたいと思ったことをやる方が成功する。

おもしろいものは、自分で見つけなくては。

予定調和を壊すというのは、「予定調和とは何か」を考えてその反対に行くことではない。奇をてらうのではなく、「制限を作らない」ことなんです。何かをやろうとするとき、これはダメ、あれはダメといった制限を取り払って考える。すると、結果的に予定調和を壊した発想が出てきます

人生に正しい道なんてない。正しいかどうかなんて、行ってみなければ分からない。選んだ道にたとえ困難があっても、それもまた人生。

だいたい正解なんて、どこにもないんですよ。でも、正解だと言い切る人に、人はついていく。はっきり「こうだ」という思いを持っている人に近づこうとする。そして、そういう人のところに仕事は集まります。

記憶に残る幕の内弁当はない。

恋には常識というものはないのです。だから、恋に正解がないなら、自分が正解だと思うしかない。どんなつらい恋だって自分がよければいい。

自分が敵わない人って、みんな天才だと思ってる。ビートたけしさんも石橋貴明も三谷幸喜も宮藤官九郎も、みんなそれぞれの分野で天才。だから僕は彼らと競う必要がない。そういう人たちと競うんじゃなくて一緒に何かをやるのが楽しいんです

放送作家はみんな「人に話したくなること」が大好きなんです。映画を観ていても「あの映画のここがね」と話せることを探している。八百屋さんに行っても万能ネギを見て「ネギはもともと万能な食材なのに、なぜわざわざ万能とつけるんだろう?面白いな」と人に話せることを探してしまう。それが発想の素になっているわけです。

はじめは「秋葉原48」という名前でした。名前はどうでもよかったんです。アイドルらしい、フルーツやお菓子みたいな可愛らしい名前ではなく、無機質な商品開発番号みたいなものにしたかったんです。それと「48」には別に意味はないです。いろいろな説があるらしいんですが、勝手に言われるのも面白い。

まずは先輩の台本をもらって、それを参考にしながら書いた。「テレビの台本はこう書くのか」「コンサートの演出はこうやるのか」と書きながら学んでいった。

僕の場合、高校2年生の夏休みで時間が止まっているんですね。今でもその光景を覚えています。机の上に参考書とノートがあって、それをパタンと片付けて、「じゃあ、ちょっとニッポン放送に行くわ」と出かけて行った。だから一度もビジネスだと思ったことがない。

若い人、とくにそれなりの責任を負うようになった30代の人の中には、失敗をしたくないと考える人も多いかもしれません。しかし、どれだけ慎重になろうが、人に聞こうが、データを調べようが、残念ながら人は必ず失敗します。でも、そう考えたとき大事なことは決めるということ、それも「瞬時に決める」ということではないかと思います。

日常の中で「面白い」と思えることがなくなったときが、僕が仕事を辞めるときでしょうね。

企画が評価されるためには、「次は何が起きるんだろう?」という意外性を、どうやって受け手に感じてもらえるかが大切。

いいことがありますように…」じゃないよ。待ってちゃだめだ。探すんだ。

1年に20作あって、振り返って全部を眺めると、その時に考えていた何かが見えてくる。

音楽でもテレビ番組でも、好きにやってください、と言われた時が一番困ります。

僕にとっての緊張感というのは、孤独との闘いだった気がしますね。評価されなくても、ひとりでも続けるという。もちろん、スタッフや仲間はいますが、自分の仕事の局面でジャッジするのは自分ひとりの意思ですから。

たくさんの仕事をしているからこそ、そこに自分の潮流のようなものができます。

結局ニューヨークには1年半くらいいたんですが、1年くらい過ぎてだんだん望郷の念もあったりして、「俺は何やってるんだろう」と思ったんですね。僕は31丁目にあるコンドミニアムに住んでいたんですが、その部屋の下にイーストリバーが流れていて、それを眺めながら「この川をずっといくと海に繋がって、その海は日本に繋がってるんだろうな」とか、ぼんやり考えていたんですよ

もしかしたらAKB48の歌の下手さとか、ダンスの下手さを超えたエネルギーがいいんじゃないかと思っています。

僕は好奇心がなくなったら仕事は辞めようと思っています。つまり、どれだけお金くれると言っても、僕は興味のないことでは動けないんですよね。

若者に限定したことではないんですが、今はすごいチャンスだと思います。マラソンだって平地で追い抜こうと思ったら速いヤツはなかなか抜けないですよ。でも坂道だったら全員辛いからこのときこそ抜けるんですよね。だから就職難だったり企業の調子が悪い今がチャンスなんです。

もしも若い人で何もやることがないんだったら、極論ですけど、まず中国に行ってみろと、中国に住んでみろと言いたいですね。中国じゃなくてもニューヨークでも香港でもブラジルでもいい。そうすると何かが見えてくると思います。

いくらこういうことをやりたいなと思っても運の巡り合わせとか運のバイオリズムがそうじゃないときにはできないと思います。

何も決めてないです。例えば今日誰かと会って、その話が面白いなと思ったらそれに乗ることもありますし、もちろん僕らの仕事は来年の発売とかありますから、そういうことはやってますが、今の延長ではないところの未来は何も考えていないですね。

みんなが行く野原には野いちごはないんですよ。もうみんな獲ってしまっていますから。みんなが行かないところにこそ、まだ誰も獲ってない野いちごがあると思いますね。

企画というと、白紙の状態からウンウン唸るような感じがするが、そうではなくて、自分が面白いと思った事を思い出す、あるいは「記憶」に引っかかっていた事を拾い上げるという行為なのである。

企画をモノにする事ができる人間とは、よけいな情報に惑わされず、自分は何なら勝てるかを知っている人間なのだ。

自分の知らない事に興味を持ったり、なぜだろうと立ち止まることをしないと一日はあっという間に過ぎていく。

街で発見したことや、人から聞いた話を記憶し、蓄積することが発想、企画術になる。

人を説得するということは人をだますことではない。自分だったらどうするかということを、相手の立場に立って考えることである。

奇跡とはそんなに大げさなことじゃなくて、「電話をかけようと思ったらかかってきた」とか、「全然会うはずのないパーティーでばったり会った」とか、何か引き寄せられてないとダメなんじゃないかということなんですね。

「あれいいな」とか思っている時点で止まってるときは多分呼ばれてないんですよね。

目の前に壁があったらみんなそれを乗り越えろって言いますけど、乗り越えられないから壁なわけじゃないですか。だけど右か左に動けば、どんな壁もどこかに切れ目がありますから。一番ダメなのはそこで立ち止まってしまうことなんですね。

「こういう段階だからこうすべき」とかいう法則性を見つけるなんて、無理だってこと。

女の恋は赤い糸から始まり、男の恋は普通の糸から始まる。

そもそも芸能界とは、毎日が総選挙みたいなものですが、普段はその部分を見せません。例えば朝ドラのヒロインオーディションなどは、陰で何千人という子が落ちています。だから特別AKB48が厳しいということはありません。

感受性は鍛えることが出来る。

僕は今、スターになっている人を20人くらい、オーディションで落としたり、プロデュースを断ったり、クリエイターとして興味を持てませんでした。僕の目は節穴です。いや、みんな節穴なんです。きっと、自分の能力、努力をわかってくれる人がいると思えばいいんです。

努力が報われていないと思っている人へ。それでも努力するしかないのです。努力しながらチャンスを待つしかないのです。その努力は報われるのか?……必ず、報われます。問題は、いつどこで報われるのかわからないことです。

奇跡って、当事者は気づかないものなんですよ。いつもと変わらない日常があるだけで。ということは、いつもと変わらない今日も、本当は目の前で奇跡が起きているかもしれませんね。

今は昔に比べて、メジャーとマイナーの差が縮まっている。この影響は大きい。マイナーな存在がメジャーとして認められるのは、昔は難しかったけれど、今は何かをきっかけに認められる。マイナーな存在を持ち上げることが、メジャーを期待する受け手との間にある予定調和を壊すことにつながり得る。

誰しも最初は頑張ろうと思うものですが、えてして飽きてしまいます。しかし、一流の方々が飽きることはないのです。仕事に慣れてからどこまで貪欲になれるかが勝負。

アイデアは料理でいう食材みたいなもの。並べただけでは料理になりません。調理して初めて料理、つまり使える企画になるのです。その一方、食材が揃わなければ、おいしい料理はやはりできない。食材と調理、どちらも大切です。

場数を踏むこと、たくさんの企画を考え続けることが大切。野球に例えると、打席に何度も入り、経験を重ねるしかない。大切なのは打席でボールを見送らず、バットを振り続けること。とにかく規定打席数に達していないバッターは、ヒットメーカーとは決して言われません。

僕は、時代によってこのアイドル像が変化してきたとは思っていません。アイドルやエンターテインメント業界が変わってきたのではなく、消費する側のファンが変化してきたのだと思います。結果的に大衆に望まれ続けたものが残り、それを並べて見たときに「ああ、アイドルって変化してきたんだな」と皆さんが感じるんです

何も関係の無い所からヒントを得るからこそ、新しいものが生まれまる。

最初から目の前にあるもので何かを生み出そうとしても、予定調和になってしまう。

自分の幸せが定義付けできない人は、何も手に入らない。

失敗する勇気をもって挑戦しなくては、成功することもできないでしょう。

コアなファンを獲得するためには、どうすればいいか。最近、コンテンツ業界の会議に出ると、「刺さっているか、刺さってないか」が重要だと発言しています。昭和のころと違って、大衆はたくさんの選択肢の中から好きなものを選んでいます。数ある選択肢の中から「これじゃなきゃダメだ」と言ってもらうためには、その内容が相手に「刺さっている」ことが決め手になります。

プロの仕事とは、何があっても言い訳をしないこと。

嫌われない人と、好かれる人はちがう。

止まっている時計は、日に2度合う。

失敗はある。後悔はない。

なぜ、嫌いなものは嫌いだと言えないのだろう。

「今日はどんな一日だった?」と聞かれて、「フツーの一日だった」という人はクリエイティブには向いていないし、あまり幸せにもなれない気がします。「ねぇねえ、今日はこんなことがあったんだよ!」と話せることがどれだけあるか。それが発想の源だし、幸せを形作っているものだと思います。

テレビはいわば、最大公約数の仕事なんです。視聴率を上げるために、子どもからお年寄りまで、誰もが楽しめるものをつくる。だからいつも大衆を見ているんですよね。そんな仕事をする傍らで、劇団への憧れがあった。つかこうへいさんや野田秀樹さんといった方々の舞台ですね。本当に好きな人がわざわざ時間を割いて、お金を払って見に来てくれる。本当に人が熱狂するものをつくりたいと思っていました。

これからは、少人数のグループに共通するものが広がっていきます。テレビなどのマスメディアからヒットが生まれた時代から、小さなところで点いた火が広がっていく時代になったのです。マジョリティーの優位性がなくなりつつあるんです。

テレビの影響力は確かに大きいのですが、常に新しい情報を発信しているため、情報が古くなると注目されなくなります。だから長続きしない。ところがAKB48のように、ひとつの劇場からスタートすると、ファンはそこに通うのが習慣になります。コアなファンは裏切らないから人気も長続きするんです。

転職するかどうか1年かけて悩んでも、今日1日で決めても、正解率はおそらく変わりません。それならば、瞬時に決めて、こっちだと思う方に全力で走ってみるべきです。もしその先が行き止まりだったら、また全力で戻ってくればいい。そして、この「戻ってくる力」こそが若さなのです。

CDが売れることよりも、メンバーに「ご贔屓筋」ができることが重要。

僕は映画の仕事もやっていますが、映画製作はまさしくチームで行う世界で、自分ひとりでは絶対にできません。例えばセットの中に赤い椅子を置こうとして、でも、僕が頭の中でイメージしている赤と、美術スタッフが用意する椅子の赤は違う。そういう誤差が積み重なると、どうしても作品のフォーカスが甘くなってしまいます。

例えば、納豆を輸出しようとすると、納豆は多分欧米人にはその臭いや糸を引くのが腐ってるように見えてダメだろうなと、色々加工をして納豆を輸出する。それでは売れないと思うんです。僕は、AKB48は納豆は納豆のままでいいと思っています。こんなに臭くて糸が引いてて…と、ありのままを伝えると、みんな恐る恐るなんだけど、濃いコンテンツを面白がるんですよ。

失恋できるほどの人と出会ったことに感謝しよう。

恋愛は3回の奇跡がおきないと本当の恋じゃない。

成功するのは1ミリの努力の積み重ね。

自分の居場所を見つけた者が勝ち。

みんなね、自分の可能性を信じていないんですよ。夢はあっても、どこかで「叶うわけがないよな」とあきらめているんです。なぜか?近くに成功例がないから。もし親も親戚にも芸能界に縁がなかったら、その夢にはリアリティーがないように思える。リアリティーがないのが夢なのにね。

どんなアート作品にも決まった見方はありません。何を感じ取り持ち帰るか各人の全くの自由です。日常生活には大小様々な決まりごとが満ちているが、人は自分の頭と心の中に、どこか自由な部分を確保しておいた方がいい。アートに接することで自由な発想を担う脳の部分を鍛えられるような気がします。

夢は手を伸ばした1mm先にある。

心掛けてきたことはソフトを重視してきたこと。他の業界、特に製造業系の人と話をしていると、多くの人がハードウエアの「スペック」を重視していると感じます。例えばテレビなら、4Kや8Kってこんな性能で、こんなにすごいんですよって最初に説明しますよね。でもその性能を使ってどうするのか、という視点が足りないのではと感じます。4K、8Kで何を見たいのか。そのソフトの部分が一番重要。

任天堂がスーパーファミコンを発売したときに、人々はマリオゲームをやりたいからファミコンを買いました。ソフト先行になれば、そのソフトをどう作るかによって、ハードはそれを生かすものにおのずと変わっていくはず。

各界一流の方々と仕事をさせていただいて分かったのは、「自分の仕事に飽きない」ことこそ最も重要だということ。

たくさん考えた企画がすべて当たるなんてことはありません。でも、場数を踏めば、失敗から学ぶことも増える。

物珍しいだけでは、単なるキワ物になってしまってダメ。

アーティストはマーケットを考えず、自分が作りたいものを作る。

同じことをして勝てないものは、やるべきではない。そこにパテントなり何かがないと簡単に逆転されてしまう。

予定調和を壊せ。見る前から、聴く前から分かるものを人は選んではくれない。「なにそれ」ということに、人はハッとして注目してくれる。

今の大衆が何を求めているのかと聞かれても、正直全く分かりません。ただ、「見たことのないものを見たい」という心理はいつの時代も同じだと思います。

自分は天才でも何でもない。日常のちょっとした出来事にヒントがある。それに気がつくかどうかだけ。

誰かが「当たらない」と言っている事業の方にしか、大ヒットの芽はない。

イチローのようにストイックで、強い意志を持っている人ならば、大人になってからでも自分を変えられるかもしれません。でも、僕はつねに「自分はダメなほうの90%に入っている」という意識があるんですよね。人に何かを教えるときでも、「言ってもやらないだろうな」と思いながら教えているところがある。それは自分が教わってもきっと実行しないだろうなと思うから。だとすると、むしろ変わらないでいること、自分を変えない楽な方法で何かを生み出すことを考えたほうがいい。そのほうが多くの人にとって有効なヒントになると思います。

冷蔵庫を開けて、そこにある残りものを見て、どんな料理を作れるかを考えられる人は、きっと幸せになれると思います。でも、「これじゃすき焼きは作れない」「チーズフォンデュができない」と考える人は、幸せから遠ざかってしまう。だって、世界一大きな冷蔵庫にたくさんの食材を集めたって、きっと作れない料理が出てきてしまいますから。「いまあるものでどうやったら楽しく生きられるか」を考えられる人が、実は発想が豊かで、同時に幸福な人なのだと思います。

周囲と比べて「結婚していないから不幸せ」とか、「マンションを持っていないから不幸せ」とか言う人は、たとえそれを全部手に入れても、まだ足りないものを探そうとします。それに対し、独身だろうが、賃貸暮らしだろうが、そんなことは気にせずに、近所の銭湯に行って、「ここで風呂上りに飲むコーヒー牛乳は最高だね!」と満足している人が勝ちです

地図にないあの角を曲がろう

秋葉原のAKB48劇場には、客席内前方の左右に2本の太い柱があるんですよ。そのせいで、客席のどの位置にいてもステージ全体を見ることができません。でも最初に下見をした時に、柱があるからこそ面白いと感じました。知恵が生まれる、と。ファンの人たちは、目当てのコを見るためには、どこだったら柱に邪魔されないか、情報交換をして盛り上がっています。

秋元康といったらすごくお金に執着があるように見える人もいると思うんですが、全然ないんですよ。曲がヒットしたりすると、「秋元さんはいつも当たるところにいるよね」ってあたかも遭遇したように言われるんですよね。でも実際は結果よりプロセスの方が好きです。だから、AKB48も売れなければ印税が入って来ないので、4年くらいは、ほとんど入って来なかったですね。それよりも「面白いな」って思えることが僕には重要なんです。

自分の人生でも二つの分かれ道がいくつもあって、選択を間違えたなっていうときももちろんありますよね。ある程度の年齢になったときに、今度は間違えないようにしようと色々な情報を集めて「こっちだな」と思っても、また間違えるんですよ、人生って。僕もそういう経験をして分かったことは、二つの道があったときにはどっちでもいいからとにかく全力で走る。間違ってたなと思ったら全力で戻る、と。これしかないんですよ。

周りを見過ぎるんですよね。言い換えれば、マーケティングをし過ぎている。マーケティングっていうのは過去の残像ですから、マーケティングが終わった時点で一秒後には変わっているわけです。例えば、お花屋さんでみんなひまわりを買っているのを見て、「今はひまわりがいいんだな」と、ほとんどの人はひまわりを植えるんですよ。で、一年後はひまわりだらけになる。本当はそこで、たんぽぽを植えた人が勝つんですよ。

それは多分自分が運が強いと思い込むことだと思うんですよ。本当は違うのかもしれませんよ。でも、自分の中では「運がいいな」、「色々な人と出会えたな」、「きっと今後もいい人と出会えるんだろうな」と思い込む。何かをやろうとして無理にやるよりも、絶対何かと何かが組み合わさるときを待った方がいいなと思ったほうがいいんじゃないでしょうか。

僕がチャンスを作っているのではありません。僕からのチャンスを待っている間はだめですね。「私だって選抜に入れば…」「私だってドラマに出れば…」「私だってコマーシャルに出れば…」それがチャンスだと思っているかもしれませんが、それは違います。それは、チャンスの出口です。みんなに見つけて欲しいのは、チャンスの入り口です。

AKB48とは高橋みなみのことである。

男友達、女友達を作らなきゃダメですよ。

昔からスタッフにはよく、「カルピスの原液を作れ」と言っています。その原液があれば、色々なところがそれを使ってアイスクリームやキャンディーなどを作りたいと言ってきますよね。今のアイドル産業は、例えるなら誰でも使えるカルピスの原液を提供している産業。オープンなプラットフォームだからこそ、僕なんかが思いもつかないアイデアを、誰かが持ってきてくれるんです。

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