イチロー

イチローの名言集

少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事。

特別なことをするために特別なことをするのではない、特別なことをするために普段どおりの当たり前のことをする。

今年のテーマは許すことです。いままでの僕は、何に対しても完ぺきを求めていました。でも、相手のいいところを探そうとか、見方や視点をちょっと変えると、それもありかな、と思えることがある。もちろん、それは自分に対する甘えにつながる可能性はありますけど、僕の「甘い」は他の人よりよっぽど厳しいと思いますから、それくらいはオッケーでしょう。脱、完ぺき主義ですね。

ぼくに誇れるものがあるとすれば、難しい局面になった時には、必ず、自分で決めてきたこと。

準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、そのために考え得るすべてのことをこなしていく。

人に勝つという価値観では野球をやっていない。今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと、遠くの目標は近づいてこない。

自分が全く予想しない球が来たときに、どう対応するか。それが大事です。試合では打ちたい球は来ない。好きな球を待っていたのでは、終わってしまいます。

打てない時期にこそ、勇気を持ってなるべくバットから離れるべきです。勇気を持ってバットから離れないと、もっと怖くなるときがあります。そういう時期にどうやって気分転換をするかは、すごく大事なことです。

他人の記録を塗り替えるのは、7割・8割の力でも可能ですが、自分の記録を塗り替えるには、10割以上の力が必要です。

結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる。

努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。

考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります。

妥協は沢山してきた。自分に負けたこともいっぱいあります。ただ、野球に関してはそれがない。

夢をつかむことというのは一気にはできません。ちいさなことを積み重ねることでいつの日か、信じられないような力を出せるようになっていきます。

びっくりするような好プレイが、勝ちに結びつくことは少ないです。確実にこなさないといけないプレイを確実にこなせるチームは強いと思います。

実戦でないとできないことがあります。一瞬の判断は、練習では養われません。

そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか。

キャンプでいろいろと試すことは、ムダではありません。ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません。

壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている。

自分の思ったことをやりつづける事に後悔はありません。それでもし失敗しても後悔は絶対に無いはずですから。

同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで、ぜんぜん結果は違ってくるわけです。

なにかを長期間、成し遂げるためには、考えや行動を一貫させる必要がある。

やってみて「ダメだ」とわかったことと、はじめから「ダメだ」と言われたことは、違います。

プレッシャーはかかる。どうしたってかかる。逃げられない。なら、いっそのことプレッシャーをかけようと。

しっかりと準備もしていないのに、目標を語る資格はない。

成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない。

あこがれを持ちすぎて、自分の可能性をつぶしてしまう人はたくさんいます。自分の持っている能力を活かすことができれば、可能性が広がると思います。

最大の武器?それは、何かにトライしていこうとしている自分がいるということです。自分では、向こうでいまある状態を出してみたい、という感覚なんです。いまの僕の現状ではもっと上は見えてこないですから。

経験があるということは、イメージができるということじゃないですか。試合が始まるまでの気持ちの持っていき方が違ってきますし、だいたいこうだとイメージできれば、あらゆる場面でどういうふうに対処していくかということがわかりますから。

結果が良かったからといって、自分にとっていい内容だとは限らないし、結果が悪く出ても、すべてが良くないとも思わない。

あれを「エラーになれ!」と思うぐらいの自分に持っていきたい。

僕は天才ではない。僕は、毎日自分がやるべきことを、やり続けているだけだ。

前向きに食事をし、前向きに買い物をした。何事も前向きに行動することが可能性を生む。

汚いグラブでプレイしていたら、その練習は記憶には残りません。手入れをしたグラブで練習をしたことは、体に必ず残ります。記憶が体に残っていきます。

第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい。

ランチのメニューを変えないのは…アインシュタインや古畑任三郎の服と同じ理屈だね。

時間は、人間が勝手に決めたものですからね。そんな話をして、深みにはまりたくありません。

頭でダメだと思った時にも、打つことが結構ある。その数を減らしたい。

流れは、自分で制御できるものではありません。ただし、偶然かと言えば、そうではないのかもしれません。

勇気を与えるとか、感動を与えるとか、よく聞くフレーズですけど、無理なんです。それは、目的にしてはいけない。

人の価値というのは、貫けるかどうかでしょう?貫いているのは、すごいです。

みなさん、いちいち年齢のことを言うんですよね。そればかり訊いて大丈夫なの、と僕が心配してしまうほどで。

首位打者のタイトルは気にしない。順位なんて相手次第で左右されるものだから。自分にとって大切なのは自分。だから1本1本重ねていくヒットの本数を、自分は大切にしている。

逆風は嫌いではなく、ありがたい。どんなことも、逆風がなければ次のステップにいけないから。

僕は常に戦っています。苦しいのは当たり前だし、それもメジャーで野球をやる楽しみのひとつなのかもしれません。一番苦しいと感じるのは、できるのにできないということ。相手にやられて、とてもそんなことはできないと思えるのなら、まだいいんです。それは自分の力のなさですから、もうしょうがない。でも、できるはずのことができないからこそ、歯がゆいし、悔しいんです。

やれることはすべてやってきましたし、手を抜いたことは一度もありません。常にやれることをやろうとした自分がいた。それに対して準備ができた自分がいたことを誇りに思います。

達成していく過程が面白かった。

あれをツキだと考える人は、あんまり成績が出せない人でしょう。

そもそも、自分のやっていることが不思議に思えているようでは、もう終わっているよね。

ずっとその中でやってきている。突然に、あらわれたわけではない。僕の許容範囲の中に入っている

100%で行くと、そういうことになる。リスクが大きいので、しないことが多いけれど。

難しいことに自分から立ち向かっていく姿勢があれば、野球はうまくなるし、人間として強くなっていきます。

誰も、助けてはくれません。

連続200安打の記録は今年で止まってもいい、でも今年はやりたい、という感覚でやってきた。

結果を出せないと、この世界では生きていけません。プロセスは、野球選手としてではなく、人間をつくるために必要です。

大切なのは、自分の持っているものを活かすこと。そう考えられるようになると、可能性が広がっていく。

現役中に、過去のことを懐かしんではいけません。

進化するときっていうのは、カタチはあんまり変わらない。だけど、見えないところが変わっている。それがほんとの進化じゃないですかね。

小さなことを重ねていくことがとんでもないところに行くただ一つの道なんだなと感じています。

体は元気だった。ずっと。折れた心も、体で支えていた。

負けているチームには足を引っ張ろうとする人がいる。そこに負けない、という気持ちは持っています。

僕は日米通算3000本安打を達成したけど、6000回以上の失敗があります。失敗から、たくさんのことを学んでほしい。

安打が欲しい、という気持ちですよね。これが邪魔をする。

すぐ、調子に乗るし、すぐ、自信も失ってしまう。その中間が欲しい。

普段と変わらない自分でいることが、僕の支えだからです。

チームにはリーダーが必要だというような安易な発想があるようですけど、今回のチームには、まったくそんなものは必要なかった

ポテンシャルだけでやってきた39歳と、いろいろなものを積み重ねて、さまざまなことを考えてそこまできた39歳とを一緒にしないでほしい。

調子が悪い時こそ、全力でプレーすることが大事。

自分のしたことに人が評価を下す、それは自由ですけれども、それによって、自分が惑わされたくないのです。

苦しみを背負いながら、毎日小さなことを積み重ねて、記録を達成した。苦しいけれど、同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが、勝負の世界の醍醐味だ。

ひとつだけ言えるとしたら、メシのタネに野球をやっている選手では、絶対にここまで来られないと思います。野球が生活の手段になってしまったら、もっと前に進みたいという気持ちは消えてしまいますから。こちらでも、野球が手段になってしまっている選手はムチャクチャ多い。

選手として同情されるのは最大の屈辱なんです。もし僕が記録を抜けなければ、なんだよ、できなかったのかよと非難されると思いますけど、同時に、仕方ないよくやったという声も出てきたと思うんです。それは僕にとっては一番悔しい。非難された方が、よっぽどマシだと思います。 2イチローの名言

気持ちのコントロールで重要なポイントがあるとしたら、ゆるめる瞬間ぐらいでしょうね。

毎日、もうこれ以上はできない…という状態でやってきたつもりなので、それを続けていくことしかできません。

確かな一歩の積み重ねでしか、遠くへは行けない。

どんなに難しいプレーも、当然にやってのける。これがプロであり、僕はそれにともなう努力を人に見せるつもりはありません。

自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。まして上からいろいろ言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います

自分がわからないことに遭遇するときや、知らないことに出会ったときに、「お、自分はまだまだいける」と思います。

そんなに練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。

手抜きをして存在できるものが、成立することがおかしい。

パワーは要らないと思います。それより大事なのは、自分の「形」を持っているかどうかです。

世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから。

何かをしようとした時、失敗を恐れないで、やってください。失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。必ず、将来の役に立つと思います。

プロ野球選手は、怪我をしてから治す人がほとんどです。しかし、大切なのは怪我をしないように、普段から調整することです。怪我をしてからでは遅いのです。

キライなことをやれと言われてやれる能力は、後でかならず生きてきます。

思うようにいかない時に、どう仕事をこなすか。これが大事です。

ぼくは天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。

どうやってヒットを打ったのかが問題です。たまたま出たヒットでは、なにも得られません。

ぼくのプレイヤーとしての評価は、ディフェンスや走塁をぬきにしては測れない。どの部分も人より秀でているわけではないし、すべてはバランスと考えています。

夢がだんだん近づいてくると、目標に変わってきます。

楽しんでやれとよく言われますがぼくにはその意味がわかりません。楽しむというのは決して笑顔で野球をやることではなくて充実感を持ってやることだと解釈してやってきました。ここに辿りつくまでのことを「楽しんでやる」というような表現はとてもできません。

成功とはとても曖昧なものです。他人が思う成功を追いかける必要はありません。

いかに、いい成績の記憶を、振り払うかということは大事でしょうね。そういうものを背負うと、自分を苦しめることはわかっていますから。

自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない。

初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレイをしていてはいけないんです。成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレイしなくてはいけない。

僕は決して「打率4割」とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです。

今でもよく思うんですけど、「よくあれで打てたな」って。それはほんとに思いますね。

試合前にね、選手がファンの前でカラオケを歌ったってね、そんなことでファンは喜びませんよ。

誰よりも自分が期待しています。自信がなければこの場にいません。プレッシャーがかかる選手であることが誇りです。

ハイレベルのスピードでプレイするために、ぼくは絶えず体と心の準備はしています。自分にとっていちばん大切なことは、試合前に完璧な準備をすることです。

僕は大リーグでは一番小さい部類です。でも、こちらに来て強く思ったのは、体が大きいことにそんなに意味がないということです。

ぼくは、自分がやっていることを、自分でわかっているはずでした。ただ、当時の新聞を見ると、過剰に評価をしていたのです。それによって、自分がちょっと舞いあがってしまう。その時点で、自分を見失っているのですよね。

試合後はロッカーや車の中で、気持ちの整理をします。いい結果も、悪い結果も、家には持ちかえりません。

苦悩というものは、前進したいって思いがあって、それを乗り越えられる可能性のある人にしか、訪れない。だから苦悩とは飛躍なんです

プレッシャーに潰れるようだったら、その選手はそこまで。

チームの調子が悪くても、自分が崩れることはありません。

朝に軽い散歩をして安らぎを得る人々もいるでしょう?私はそれがバットを振ることだっただけです。

個人的に「成功」という言葉が好きではありません。それはあまりにも感覚的であり、相対的です。そしてそれは自分自身ではなくたいてい他人が作った定義です。

自分にとって満足できるのは少なくとも誰かに勝ったときではない。自分が定めたものを達成したときです。

状態の悪いときに、どんな自分でいられるかが一番大事だと思う

野球って、こんなに簡単なものなんだって思いません?だって、こんなにヒットを打てるところがあるんですもんね。

打線が苦しい時には、守備とか走塁で流れをつくるのが野球の基本です。

想像していた以上でした。間違いなく一生忘れることのできない日、そして最も特別な日になるでしょうただ今日のことは今日で終わり、日付が変われば、また次の日のことを考えなきゃいけないと思います。

何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、打った塁上では「次の打席が大事だ」と思っていました

チームに乗せてもらうことはありますが、そういう時は少ないのです。チームの流れとは別のところで、自分をコントロールしてきたつもりです。

チームに乗せてもらうことはありますが、そういう時は少ないのです。チームの流れとは別のところで、自分をコントロールしてきたつもりです。

「できなくてもしょうがない」は終わってから思うことであって、途中にそれを思ったら絶対に達成できません。

僕が数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定してそこに到達すれば、そこで満足してしまって先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席何かしら学ぶべきこと改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです。

他人が言う成功を追いかけ始めたら何が成功か分からなくなってしまいます。

しんどい思いは早くしておくことですね。早い段階で。

僕がヒットを打って得点することが、チームに貢献することなんだなと改めて思いました。

成長できるとするなら後退もしないといけないという考え方。

僕らの世界って喜ぶこととか達成感とか満足感とかっていうのは一瞬しかないですよね。

35歳くらいを超えてくるとネガティブな方向に持って行かれがちなんですけど、それに反抗する気持ちみたいなのは35を超えてから大きく芽生えてきましたね。

言ってるけどできてない人についていきたくないですよね。

自分の為に俺はやる、でも目指すところは皆と一緒なんだっていうチームがなかなかないんですよね。それこそ怖いんでしょうね、それを表現することが。

あるわけだから、イメージできるじゃないですか。それを具現化できるかどうか。

何を言うかではなくって本来は誰が言うかですから。その重みって同じことを言っても10年実績を残した人とルーキーの子が同じ事言っても、意味が全然違いますよね。

個人で面白いプレーが魅せられなかったら、それこそプロとして失格でしょう。

生まれ持った才能とか努力では掴めないものがある。

野球の動きは絶対にここ見せちゃダメじゃないですか。

情報が多すぎてどれをピックアップしていいかっていう問題はあります。

全くミスなしで間違いなしで辿り着いたとしても深みは出ない。

小さなことで満足することっていうのはすごく大事なことだと思うんですよね

最終形がない。だから前に進もうとする意欲も生まれてくるとも言える。

なかなか価値観を共有できるっていうことが少ないんですよね。

この5年半。また耐性が強くなったと思います。耐性というのはいろいろなことに耐える能力、これが強くなった。明らかに強くなったと感じています。

そのチームでプレーする時に、そのチームのために全力を尽くすのは当然のこと。

家の中の空間がどれくらい気持ちよいかというのは、グラウンドに反映されるんです。

別にそうは思わないですね。それだけのことをやってきたわけですから。

自分が人生かけてやってきた、一番時間を費やしてきた、一番自信を持って勝負してきたことで、精神的に一段上に上がれるチャンスができたわけですから、それは辛いこともありますけど、だからこそ面白いし、ドキドキできるんです。

僕は自分がメジャーでやりたくて行っただけですから、結果的にどうなろうとも自分のためにやっただけなんです。あとから「日本野球界のためになった」とか、先駆者だとか、そうやっていい意味に捉えられても戸惑います。僕が先駆者だなんて、ちゃんちゃらおかしいいですよ。

あのとき僕を支えていたのは、自分のやってきたことへのプライドと、これからやろうとしていることへの自信でした。

自分らしくあろうとしたときに大事なのは、嘘をつかないことでしょう。相手にこう思って欲しいがためだけに、安易に言葉を発しないということは大事だと思っています。

数字が超えたからといって、2年前の僕をいまの僕が超えているかどうかわからない。

毎日の中にいかに考えない時間をつくるかが重要なことではないかと。頭を白というより透明にする感覚です。

一時的に活躍するのは才能と少しの運があれば難しくない。ただ、長い時間コンスタントに結果を残していくには才能以外の何かが必要になる。

バットの木は、自然が何十年も掛けて育てています。僕のバットは、この自然の木から手作りで作られています。グローブも手作りの製品です。一度バットを投げた時、非常に嫌な気持ちになりました。自然を大切にし、作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。プロとして道具を大事に扱うのは当然のことです。

自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべき。

夢や目標を達成するには、1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること。

練習で作った形を100%としたら、70%や80%の力で結果を出さないといけません。

驚かれているなら、まだまだです。驚かれないようになりたいです。

気持ちが落ちてしまうと、それを肉体でカバーできませんが、その逆はいくらでもあります。

どんな状況でも、一定のラインをクリアするのが、プロです。

練習で100%自分を作らないと、打席に立つことは出来ません。自分の形を見付けておかないと、どん底まで突き落とされます。

満足は、求めることの中にあるんです。アップの時には全力で走るとか、早く来て個人で練習しているとか、そんなことは僕にとって当たり前のこと。

人の数字を目標にしているときというのは、自分の限界より遙か手前を目指している可能性がありますけど、自分の数字を目指すというのは、常に限界への挑戦ですから。

はじめから、今があったわけではありません。状況は少しずつ変えていけるものです。

人のアドバイスを聞いているようでは、どんどん悪いほうにいきます。周りは前のフォームがどうだったとか言いますが、実はそんなことはたいしたことではないのです。

実際見るとラッキーのヒットだったって言う人って結構いると思うんですよ。でも、僕の中では全く違うんですよね。変化球が来ても、ヒットにできる。真っ直ぐが来ても、詰まらせてヒットにするっていう技術があるんですよね。

特別なことをするためには普段の自分でいられることが大事です。

グラブはもちろん身体の一部だと考えています。外野手だから長いグラブを使っているのですが、指先まで神経が通らないと、感覚が麻痺してボールが捕れない。グラブの先まで感じられるグラブでないとイヤです。

相手が変えようとしてくるときに、自分も変わろうとすること、これが一番怖いと思います。

ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、ひとつひとつクリアしていけば最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになるということですね。

なりふりかまわないで、自分の行きたい道を進むこと。

どんな負けかたをしようと1日に2敗することはありません。

フォアボールを狙いにいくようなバッターは、その時点で負けています。

4000本のヒットを打つために、8000回以上の悔しい思いをしてきている。その中で、常に自分なりに向き合ってきたという事実はある。誇れるとしたらそこではないかと思う

結局、4000という数字が特別なものをつくるのではなくて、記録が特別な瞬間を作るのではなくて、自分以外の人たちが特別な瞬間を作ってくれるものだというふうに強く思いました。

かがやいている人は、だれにも、対等なんじゃないですか。上とか下とかっていう価値観すらない

こんなに苦しいのは自分だけか、と思うこともたくさんあります。それを見せるか見せないかの話です。みなさん、ぼくのことは、疲れていないと思っていませんか?

毎日、力は振り絞っていますよ。余力を残そうとしていたら問題。

いまは、ぼくが、首位打者について話しても、誰も笑わなくなりました。たいへん気持ちのいいことです。

メンタルな部分が及ぼす肉体への影響は、とてつもなく大きい。

何年、野球をやっても、勉強することがあるのです。

失礼ですけど、魅力のない人って、上から、モノをいってきませんか?

僕はいつも一生懸命プレーしていますが、今日はよい結果が出なかった。でも、だからといって後悔もしていないし、恥ずかしいとも思っていません。なぜなら、できる限りの努力をしたからです。

ヒットを打った瞬間、自分の頭の中でレベルがあがった音がするんです。ドラゴンクエストみたいに。

グラウンドの上では、自分の築きあげてきた技術に対する自信、今までやってきたことに対する自信、「やりたい」と思う強い気持ちが、支えになります。

僕は王さんがサインしたボールにとてもサインなど出来ません。

日本人は自分の感情を抑えようとする傾向が強い。それは日本人の気質です。彼らは自分の感情を殺します

最高の打者と言われても10回に7回は失敗してるんですよ。まだまだ成長できます。

過去の業績に夢中になるのではなく将来の業績に重点を置いています。それが私のモットーです。

いろんな世界のトップの人たちに会いましたけど、みんな口を揃えて言いましたよ「自分のためにやっている」って

チームの負けがこんでいるときこそしっかりしなければいけません。それでモチベーションをさげる人は言い訳を求めて逃げているのだと思います。

打席でうまく打てたかどうかは、自分の感覚で打てたかどうかです。

シーズンのことなんて、考えてないですよ。

シンプルじゃないとダメなんですよ。カレーの上にカツなんて考えられないです、僕。ありえないです

気持ちよかったですね~。もうね、ほぼイキかけました。えぇ、すんません。

現時点ではまったく考えられないことです。その目標は、まだ遠すぎます。

プロ入りしたとき、2000本安打打てるようになれよとスカウトの方に声をかけてもらったことを思い出しますが、今日のことは、日づけが変わるまでには終わりたいと思います。次の目標は、次のヒットです。

期待はいくらかけてもらっても構わないんですけど、僕は僕以上の力は出せないので、自分の力を目一杯出すしかないということですね。

ヒットを一本増やしたいとポジティブに考えるのです。そう思っていれば打席に立つのが楽しみになりますよね。

僕は仰木監督によって生き返らせてもらったと思っています。監督はたとえ数試合安打が出なくても、根気よく使ってくれました。その監督に感謝するためにも、いい成績を残したかった

子供の頃から人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負はある。

技術は、年々上がっているんです。出場機会さえあればキャリアハイを残せます。

僕は野球で育ったわけですから、もし日本で野球を愛してくれる人の数が減ってしまったら、それは本当に寂しいし、そうならないように願っています。

リーダーを必要としていないチームになることの方が手っ取り早いというか強いチームになりそうな気がするんですよね。

間違いなく楽しいものではありません。でも他の選手がどんな経験をしてきたということを気づかされる経験になりました。

子供の時にみたいに楽しくやりたかったらプロになってはいけないと思うんです。

狭い世界でもいいから自分の中から何か湧き出てくるような、何かが生み出されるような生き方ができたらなぁというのが基盤にあるような気がします

部屋で自分で精神を落ち着けるために書いたりはします。字書いていると落ち着くというか。

人体の動きを理解しながらプレーすればケガを防ぐこともできます。

自分が持って生まれたバランスって絶対ありますから、それ崩しちゃダメです。

僕も結構スイングスピード落ちるんですよ

ムダなことって結局ムダじゃない。

もっと自分は魅せられるんじゃないかと。

人に会いたくない時間もたくさんありましたね。誰にも会いたくない、しゃべりたくない。

僕が何かをすることで僕以外の人達が喜んでくれることが今の僕にとって何より大事なものだってことを再認識した瞬間でした。

僕、やり出すと止まらないんですよ。どんどん衝動にかられるっていうか。止まんなくなっちゃうんですよ。割ときついですよ。

大好きな野球が全然面白くない瞬間はたくさんありましたよね。大好きだからこそそうなるんでしょうけどね。

長いことやっていることはそれなりに意義があると思いましたね。

小学生の頃、20mくらい先を歩いてた女の子の後頭部に柿を命中させてプロに行けると確信した

これで君の投球に影響を与えたくはない。内角に投げ続けてほしい。

負けているときに落ち込んだり、勝っているときに喜ぶチームは怖くない。負けているのに元気なチーム、勝っているのに喜ばないチームこそが怖い

2000本目を打ったときも、次の打席のことのほうが大事だととらえていました。

僕にとっては、高校を出てすぐの92年にプレーしていたオリックスの2軍、あのチームの雰囲気は最高でしたから、すごく楽しかった。でも、楽しいのと面白いのとは、ちょっと違うと思います。いまだって、草野球の中に入って野球をやれば楽しいし、きっと笑いっぱなしですよ。でも、おもしろさというのはそういう次元では味わうことができない。

僕は今年で日米合わせて16年プレーしてきました。16年もプレーして、いまようやくスタート地点に立ったという気がしているんです。これまで、いろんな数字を残してきて、これから先のモチベーションを保てるのかといろんな人に聞かれるんですけど、僕はそこについてはまったく心配していません。なぜならこれまで僕は野球選手として、何かをやったという達成感が残っていないからです。

自分の中で何かひらめいたり、バッティングの技術が高まったりするのは、いつも決まって凡打のときです。 1イチローの名言日々やっていることを同じようにやることが大切。心から持って行くのは難しいですが、体をいつもと同じように動かせば、そのうち心がついてくる。

大切なのは、いま自分がやっていることが好きであるかどうか。それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進むことができる。

野球場においては、プライドを持ってその場に立つということは変わりません。これまでと何も変わらずに、ただユニフォームが変わっているだけ。信念を持ったことは、向こうのスタイルがこうだからといって揺らぐことはできないです

これまでも常にプレッシャーを自分にかけてきましたし、そういう状況はたくさんありました。それをくぐり抜けてきた、乗り越えてきたという自信がありますから、どんな状況が目の前に現れても動揺したりすることはないし、普通の精神状態で目の前の状況をこなすことができる自信はあります。

練習の為の練習をするんだ。

ストレスが、いちばんの原動力かな。

出たいかどうか、でなく、出られる選手でありたい。

重圧がかかる選手であることは誇りに思う。

そのやはりは、僕には当てはまらない

夢は近づくと目標に変わる。

自分自身が何をしたいのかを、忘れてはいけません。

まだまだ自分の可能性は感じていますし、この数字を超えられるだけの自分を作り上げる余地は感じています。だって、まだミスをしていますから。それを減らせば、もっとヒットが打てるということでしょう

本物でないものはすぐに見破られます。

達成感や満足感を、僕は味わえば味わうほど、前に進めると思う。小さなことでも満足することは、すごく大事なこと。それを味わうと次へのやる気が生まれてくると、僕は経験上信じている。

いまでもブレない自分というものが完全に出来上がっているわけではないですよ。ただ、その時々に感じているものの中から、おかしいなって感じたものを削除するという行為を繰り返してきただけなんです。その意識は徐々に強くなってきたとは思いますけど。

12年間で2000本安打を達成する。

高い目標を成し遂げたいと思うなら、常に近い目標を持ちできればその次の目標も持っておくことです。それを省いて遠くに行こうとすれば、挫折感を味わうことになるでしょう。近くの目標を定めてこそギャップは少ないし、仮に届かなければ別のやり方でやろうと考えられる。高い所にいくには下から積み上げていかなければなりません。

フォームよりも考え方の変化が大きい。 1イチローの名言

失敗を重ねることって大事。

ヒザの力を抜いたら肩も抜ける。

結果は困難を伴って出すべき

大事にしているのが、ゲーム後から寝るまでの2、3時間です。この時間のうちにその日のことを振り返って結論を出さないと、確実に引きずってしまいます。本来は、その日起きたことは、できるだけクラブハウスで整理する。それが理想です。

最初からあるべき姿に到達するのは不可能で、まずはムダな時間を経験して、そこから削ぎ落としていくことによってようやく自分の行きたいところに近づけるのではないかと。合理的に考えすぎてムダの生じないような進み方をしようとすると、結局近づくことすらできない。当然、深みも出ない。

野球選手はキャンプが始まると動きが決まったものになるので、シーズンオフにいかにアホになれるかが大事。オフにまで突き詰めてやると、必ずそのツケがシーズン中に回ってきます。

僕、一貫性ないの嫌いなんです。

何か無理に抑えることをしたくない。身体が欲しがることを僕は表現するだけですから。

食べたくなったら食べるですね。いまの軸は食パンです。アリゾナで食べた食パンがメチャクチャ美味しくて、それをシアトルまで送ってもらってます。

ジーターが言ってたんだけど、「今日で練習試合は終わりだ」と。このチームはあくまでここがファーストステージで、この瞬間は明日からは過去のものになる。

英語?前は少し勉強しましたけど、いまはまったくやってない。メジャー行きたいなぁ、でも無理だろうなぁって感覚のときは勉強もやる気になるんですけど、いざ行けるとなったら、英語の勉強なんかするよりも素振りしなきゃとか、そっちの方に意識が行ってしまうんです。

苦しいけど、バッティングに終わりはない。もうこれで終わりというのがわかっていたら、救われるんです。もし、2割9分3厘でも、まあいいんじゃねえの、と感じている自分がいたら、ぶっ殺してやりたい。そんな打率しか残せていないことに怒りを感じている自分がいることは、悪くないんです。3割切って悪くないなと思いだしたら、僕、野球辞めます。4割を打つか、3割を切って満足したら、僕、確実に野球辞めますから。

僕は常に人のちょっと先を行かなければいけないと考えています。何かをする側が後をついていくようではまずいですから。

どんな結果に対しても、僕はそれを受け入れる。失敗したときの自分の立場が怖いからといって、変な理由づけはしません。だから僕の発している言葉に嘘はないはずです。

大切なのは、チームが負けたからといってモチベーションを失ってはいけないということなんです。

我慢はこれがないと進めない重要な要素です。嬉しい気持ちも、悔しい気持ちも、外には出さず我慢して内に秘めながら進んで欲しい。

オフの間までストイックにやるのはダメ。

人の意見や評価ほど曖昧なものはない。

メジャー行きをとくに意識したとなると、96年の日米野球ですね。ヤツらのスウィングを見ていると、いまの一打席をものすごく大事にしてバットを振っている感覚があるわけですよ、何の迷いもなく。なんかこう、自分がやりたいスタイルって本当はああいう感じだったのに、いつのまにか殻に入ってしまったというか、なんか自分が小さく見えてね。自分でもそういう感覚を失ってたわけじゃないんだけど、それほど強くなくなっていたんでしょうね。あぁ、いいなぁ、って思いましたよ。

野球界に限らず、どの世界でもそうだと思いますけど、自分のできることをとことんやっていきたいという意識があるか、ないか、そういうことだと思うんですよ。首位打者を獲ったとか獲らないとかということじゃなくて、2割5分の選手であっても、自分のできることを、完ぺきには無理でも意識の中でできた人間であれば、適当にやった3割5分の選手よりもプライドを持って相手に立ち向かえると思うんです。どっちが人間として優秀かといわれると、決して適当にやった3割5分を残したほうじゃない。

余力があったとしたら、問題です。

いろんな人の話を聞くと、肉体的な節目がやってくるのが30歳か35歳だという人が多い。自分だけは違う、という発想は危険なんです。慎重になることで、何かを防げることはあるでしょうし。ただ、この先に僕が考えなければいけないのは、そういう周りの頑なな目に流されてはいけないということ。この世界、30歳はこう、35歳はこう、40歳はこうなるというものが出来上がってしまっているでしょう。でも、僕はそうではないと思っています。

自分の限界を見てから、バットを置きたい。

次に破るのも、また自分でありたい。

ほぼ折れかけていた心がさらに折れた。

前に進めることを信じて変えていく。

自分の言葉って持っていないと。

自分の形を創ったらもう勝ちなんですよね。

結局、結果残すしかないんです。

手ごたえというのを常に感じていたい。

今の自分は嫌いじゃないです。

僕にとって準備は、一試合終わったときの言い訳の材料をなくす作業です。たとえばシューズやグローブを磨いていないと、エラーをしたときや怪我をしたときにシューズやグローブのせいにするかもしれない。そうした言い訳を自分にさせないように、納得いくまで準備をするのです。僕には普通のことだけど、それを異常だと言う人もいる。正解はわかりません。

スターは正しい時に輝きを見せる。

強いチームというのは、個人があってチームがあると思うんです。個々が持っている力を発揮して、役割をはたして、それが結果としてチームとしての力となる。でも、弱いチームは、個々が持っている力を発揮されない。だから勝てない。「チームのために」という言葉でごまかして個人の力を発揮できないことへの言い訳を探す、そうしたらもっと勝てなくなる。悪循環ですよね。

野球の人気ということを考えるのならば、そこで選手たちがどういう立ち振る舞いをするかというのは大事だと思います。子供たちに対しては、勝つだけじゃなくて、カッコいいなぁと思ってもらえなければダメなんです。真摯に野球のことを考えている選手たちが集まって、それでさらに勝てれば、子供たちが野球に向いてくれるきっかけになる可能性は十分にあると思います。

雨の日に買い物したら、買ったものにビニールをかけてくれたんですよ。いやぁ、久しぶりに思い出しましたね、日本はそうだったって。急いでいるから早くっていう鬱陶しさもあったりするんですけど、それでもああいうことをド丁寧に、時間をかけてやるんですから、すごいですよ。仕事に対する意識の高さとか控えめな態度とか、そういうところで感じるものなんですよね。

7年先のことなんて考えたら、ろくなことはないですよ。その時々に集中していくという方法をとります。僕はとどまっていたいと考えることはないでしょうから、野球には無数、無限の可能性があると信じていたいんです。選手の年齢は、精神的脂肪に出るものです。脳みその硬さですよね。ここに一番、年齢があらわれちゃいますから、それだけは避けたいと思っています。もちろん僕は常識的ではないので、そんなものとは無縁でしょうけど

去年、行き着いたひとつの答えは、プレッシャーを克服する方法なんて、結局はないんだということです。以前はプレッシャーがない普通の状態に近い自分をどうやって取り戻すことができるのか、そういう薬みたいなものを探していました。でも、そんなものはないんだというのが現段階での結論です。そう思えたことは大きいですよ。あるかもしれないと思っているのと、ないんだと割り切っているのとでは、プレッシャーに対する向き合い方はまったく違ってきますから

上手くいっているだけではつまらない。

先輩たちを超えることが後輩の使命。

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