高橋尚子

高橋 尚子の名言集

私から陸上をとっても、何も残らないというわけじゃない。マラソンにはゴールはあるけれども、マラソンを通じて得たものには終わりなんてないんですよね。

「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」。これは高校時代の恩師がくださった私の座右の銘です。結果は目に見えますが、成長は目に見えないものです。

人以上やって人なみ。人の倍以上やってようやく..。もう走れないほど練習しても一晩寝ると不思議と走れてしまう。

痛い目にあったとしても、失敗すらできない人生よりずっと楽しい。

長い階段を一気に上がろうとすると、途中でへばってしまう。でも一段ずつ確実に上がっていけば、時間はかかっても頂上まで上がることができる。

よかったことの現実も、悪いことの現実も、次へ向かう糧にしたい。

「ちょっとだけ頑張る」ことを、毎日続けてみよう。

いままでにいったいどれだけ走ったか…残すはたった42キロ。

私たちにとって、二度と来ない時間を楽しい思い出にできることが、一番幸せなことだし、大切なことだとおもいます。

「あしたのジョー」のように、戦い終え、そのまま頭の中が真っ白になっていくほど走れたら本望なんです

新しいことをやるのは危険だと忠告されましたし、バッシングもされました。でも、私たちが欲しいのは常識の中で得た結果ではない。

私はほめられると弱いので、いいぞ、いいぞって言われると、嬉しくてどんどんがんばっちゃうんです。

暗闇の中でも、夢を持つことで、ホントに1日1日を充実した時間を過ごすことが出来ました。なので、陸上に関係なく、いま暗闇にいる人や悩んでいる人、ほんとに1日だけの目標でも3年後の目標でも何でも目標を持つことで、すごく一歩一歩1日が充実すると思います。

今あれこれ考えるより、そのちょっとの間に、腹筋とか何かをしたほうが良い。アテネに向けて、1日、1日を全力を尽くしたと言えるようにしたい

すべての1日が精一杯頑張ったという1年にしたい。

人への感謝の気持ちも、自分の力になる。

あそこに勝たないと、私の次の扉はいつになっても開かないんです。ですから、あの坂を自分で乗り越えて勝ちたかった。

不安におびえず、この瞬間自分が強くなることをひとつでも多くやろうという考え方は、陸上だけではなく、陸上を終えた今の生活の中でも同じです。目標を立てたあとは、結果より今の行動に焦点をあてるようにしています。

私はその日のうちにすべてを出したい。レースでは一、二分の違いが何十番もの差になる。一日で見たらわずかな時間でも、その練習を翌日に持ち越さなくてはいけなくなる。これくらいでいいやではなく真剣にやってほしい、そう思っていました。

マラソンの第一線に帰ってきてくれたこと、それ自体が停滞ムードの日本のマラソン界に風穴をあけてくれるのではないでしょうか。彼女のような名実ともに優れた選手は全体のレベルを底上げしてくれますから。

日本における「トレーナー」という仕事は、あまりにも認識が低いと思います。日本では、「トレーナー」というと、「マッサージをする人」と思っている方が非常に多く、それは一般の方だけでなくプロのランナーでも、他のスポーツ競技の選手でも、そういう位置づけをしているように感じます

トレーナーという職業に対する認識が、日本でもっと高くなるといいなと。そこに、伸び率があるのかなとも思います。

1日の変化としては、0.00…1度くらいの角度しか変わらなくても、毎日続けることで到達点はぜんぜん違ってくるんです。

ウェイトトレーニングも含めた正しいトレーニングをする事で、パフォーマンスアップが望めると思います。

引退して、ようやく少しでも地元に恩返しができる機会ができたかな。現役の時代から陸連の方に「高橋尚子杯をやろう。ジュニアも育成しよう」と言っていただいて、何か形に残すことができたらいいと思っていました。それにプラスして、マラソン大会はこんなに楽しいということをみんなに知ってもらいたかったんです。

性格はポジティブなんですけど、落ち込む時は落ち込むんです。現役時代は、しっかり練習して一日が終われば、きょうは8割できた、9割できたと、充実感と達成感を感じられたのに、この仕事に就いてからは反省ばかりで、「きょうは20%、30%しかできなかった」と落ち込んでしまうんです

私自身、初めからトップアスリートだったわけではないじゃないかと。高校・大学時代は本当に弱かったので、キャスターになって、いきなりスラスラとうまくいくわけはないんだと。これを続けていけばもう少し上まで上がっていける。陸上で言えば実業団のレベルになれるようにがんばろう、という気持ちでやっています

今はまだスポーツキャスターをやっていても反省点が多くて、テレビに出た後、かなり落ち込むことが多いんです。

ハートはそんなに強くないと思います。どちらかというと精神的に弱いです。ここまでやってこられたのは、いつもその時々の目標を追いかけていたからだと思います

復活へのモチベーションは、すごくたくさんの人に応援してもらってきたので、その人たちに恩返しをしたい思いでした。そして、2005年の東京国際女子マラソンで復活につながったんです。最後の目標は、国内3大国際女子マラソンで優勝することでした。それはもうずっと前からやりたくて胸に秘めていたんです。

太陽みたいな存在ですね。いつも明るく照らしてくれて。時には親になり、時には恋人のような時もあるくらい、すごく身近な方です。私以上に私のことを知っているのかなと思います。

小学校の頃は、走ることは好きでしたが、走ることを生活の中心には置いていませんでした。大会に出る機会もあまりありませんでした。中学校で陸上部に入ってからは、何とかして強くなりたいのにその方法が分からなくて悩むことが多かったです。

昔はチーム内に競える選手がたくさんいて、高いレベルで接戦になっていましたが、今は人数が減って、チーム内で刺激しあうこともなかなかありません。だからこそ、日本が一つのチームとなって、海外と刺激を与えあう環境が必要だと思います。

選手にけがをさせるほど練習させるのは良くない。それは当たり前です。でも、みずきちゃんとよく話すんですが、「この練習をしたらけがをするかもしれない。でもやらないと世界と戦えないとしたらどうする?」って。私たちは迷わず、けがをしてもいいから突き進む道を選びます。

辞めようと思って暗闇にいた私だけど、夢を持っていれば光が見える。それを支えてくれた人に伝えたい。

本当に強い人が順当に入ってくれればいいんですが、毎回波乱が起きるのが選考会ですよね。私も落ちましたが、それが実力だったと思っているので納得しています。もめると思うとちょっとドキドキするんですが、変に救済措置をすると、それもまた問題な気がします。

金メダルも世界記録もすごいと思いません。それより目標を達成した喜びが大きいです。

何かを決断するときというのは、決断を下す前の状況も大きく影響しますね。焦って自分の中に閉じこもっていると独り善がりな決断になってしまいますが、リラックスした状態で客観的に状況を判断できる心持ちになっていれば、決断がいい方向に動きます。

オリンピックや世界選手権のような大きな試合で勝つためには、常識的なことだけをしないこと。ひとつの器を壊して次の段階に進むためには、非常識と言われる領域に足を踏み入れない限り求める結果は得られません。

新しいものを手に入れるためには、今データが手に入ることをやっていたのでは打ち破ることはできません。「非常識の領域に行ってみよう」。その決断を下す度胸を持てたことがよかったわけです。

自分で選んだ道だからこそ、今、何の後悔もなく、前を向いて歩いてこられたと思っています。

諦めなければ夢は叶う。

今大会も人類の限界に挑戦する選手たちの素晴らしい戦い、そして歴史的瞬間を目の当たりにすることでしょう。ぜひそれを見逃さないよう選手たちに熱い声援を送っていただきたいと思います。興奮と感動を一緒に味わいましょう。

マラソンという競技は、自分の身体を42,195km運ばなければいけないので、実はたくさん筋肉をつけすぎても負担になってしまうんですよね。ただ、しっかりとした、体幹も含めた筋力トレーニングをする事は、能力をさらに向上させてくれると思います。私自身も腹筋は毎日2000回と、背筋、腕立て伏せは毎日していました。走る以外のトレーニングが、走る事にしっかりとつながっていると思います。

今、市民ランナーの数は増えています。皇居の周りを1日5000人くらいの人が走っているとも言われています。それだけトップランナーの気持ちを分かってくれる人が増えたわけです。それなのにヒーロー、ヒロインが出てこないというのは、もったいないことです。せっかくブームが来ているわけですから、ブームに乗っかるような人が出てこないといけません。

子どもたちの数が減っているのも現実です。野球やサッカーに優秀な子を取られてしまっているのもあります。現に、マラソンを始める子が増えたかというと、そうでもないですね

あの時代はまだマラソンが楽しいと言われる時代ではなかったんですが、みんなに伝えたかったんです。見るスポーツだったマラソンが、今こうして誰でも楽しめるスポーツだと共感できる人が増えたことはすごくうれしいです。

実業団選手に厳しいことを言うと、マッサージを受けたり、食事を作ってもらったりして、陸上競技を生活の中心に置いている以上は、市民ランナーに負けないくらいがんばってもらいたいです

市民ランナーはいろいろな指導本を参考にしたり、市民ランナー同士で情報交換したりしながら切磋琢磨せっさたくましています。そういった層の厚みが増して、全体のレベルアップにつながることに大きな意味があると思います。

小出監督は本当に指導がすごいと思います。長年、高校で陸上競技を指導してこられたので、この選手にはこんな言葉を、あの選手にはこんなメニューを、といった具合に、その人に合った声をかけ、練習メニューを作ってくれました。それは、指導者として引き出しが多かったからだと思うんですね

ケニアでマラソン大会をしませんかという話をいただいて、それなら一緒に何か意味のあることをしたいと考えたんです。ケニアはまだ靴を履けない子どもたちが大勢いると聞きました。私も靴は自分の体の一部と思って大事にしてきたので、子どもたちと大切な靴でつながりたいということで、靴を渡すことに決めました。

実業団時代を振り返ると、チーム内に有森裕子選手がいて、鈴木博美選手がいて、ある意味、試合より練習のほうが緊張しました。今は選手層が薄くなり、練習量が減り、選手が練習でもまれる状況が減ってきたのが心配です。

輝ける場は人それぞれ。いかに輝くかはその人次第だと思います。

負けるのが、恥ずかしいとは、思っていません。

あきらめたとは思ってないです。

考えたところで見えていないもの、まだ分からないことをあれこれ悩んでも仕方ない。

私がいつも最終決断を下すとき、自分の身を断崖絶壁に置きます。こちらがダメならあちらがあるという甘い考えを少しでも持つと、100パーセントの力で扉をこじ開けることができないからです。

それまで毎日が試合というような練習を全力でやってきましたので、当日はまったく緊張しませんでした。

最初から仕掛けどころを決めている選手って、意外と少ないんですよ。結局、スパートには体力も気力も使うので、選手は1回で決めたいんですね。それには相手のペースが落ちるのを見極めるのが最も効果的。例えば給水ポイントは要注意です。隊列もペースも乱れますから、スパートをかけられると瞬時に大きな差になります。特に最近、この給水ポイントで仕掛ける選手が多くなってきています。

1997年世界陸上アテネ大会で5,000mに初出場したとき、決勝のスタートラインでカチンコチンになりましたが、あの経験があったからこそ2000年シドニーオリンピックのスタートで余裕で踊っていられたんです。もし世界陸上の経験がなかったら、オリンピックのスタートラインで緊張していたと思います

「お前は上り坂に弱い」とずっと言われていて、「下りは得意だから、下りは誰にも負けないようにしよう」とがんばっていたら、いつの間にか、小出監督に「お前は上りがうまいな」と言われて、びっくりした覚えがあります。自分で弱いと思っているだけで、納得できる走りができれば克服できると思います。

女子に限らず、走ることに集中できている実業団選手って、ごく少数しかいません。実業団選手の7、8割は仕事をしながら走っています。走ることで就職したのは確かですが、働いていないわけではないんです。もちろん、走ることでお金を得ているという意味ではプロですが、走る環境面で、ここまではプロで、ここからは市民ランナーという線引きは難しいです。

現役を引退して、これから何をしていこうと考えた時、それまで走ることしか考えていなかったことに気づきました。自分は「井の中の蛙かわず」だったと。逆にそうでなければいけなかったとは思うんですが、一日の生活は食べて、寝て、走るという、本当にそれしかなかったんです。テレビも見ず、パソコンもケータイもしない、そんな純粋なマラソン生活でした。

引退直後の2009年4月からスポーツキャスターのお仕事をしているんですが、ジャンルを問わず、いろんな人に聞きに行くことができるし、トップ選手ならではの取り組みや精神状態や、考え方を聞くことができる。それだけでも引き出しを増やすことができるでしょうし、私自身と共通する部分もあれば、共通しない部分もある。こういう練習でもトップ選手になれるという開拓をすることもできるんです。

私はすべての大会において、結果がどうなろうとも、スタートラインに立った時は「やるべきことはすべてやった」という気持ちでした。なぜそういう気持ちになれるかというと、それまでの一日一日がすべて、「きょうはすべてやりきった、もう走れない」「ありがとう。あしたもまた一緒にがんばろう」と抱き合って終わる毎日を過ごしてきたからです。

条件の違う4大会で3人を選ぶというのは初めから決まっていることなので、選手はレースに合わせてがんばるしかない。それだけです。とにかく、レースに向けて最大限の力を発揮することを考えないと力は出せないと思うんです。決められた大会で実力を出すこと。厳しいようですが、選手にはそれしかありません

夢を持ち続けて頑張れば、暗闇の道にも光が差してくる

とても楽しい42キロでした。

レース中の決断は非常に臨機応変かつ迅速に下されます。瞬時の判断が要求されるので、自分を研ぎ澄ませておかなければなりません。ただ、マラソンは42.195キロと長いので、常に研ぎ澄ませていると疲れてしまいます。リラックスしている状態と研ぎ澄ませている状態、そのオフとオンをうまく使い分けることが大切ですね。決断をする瞬間がまさにオンになる瞬間で、そこからは爆発力です。最初からずっとピリピリしていたら、その爆発力には結びつきません

よく「マラソンは独りのスポーツ」と言われます。しかし、私は決してそうではないと思っています。レースが始まれば自分で決める場面が多いのですが、スタートラインまでは小出監督がすばらしい練習メニューをつくってくださる。料理のスタッフが日々ベストになる栄養状態をつくってくれて、トレーナーが身体を痛めることのないよう調整して送り出してくれる。そして最後が私の番。私が勝てば監督もスタッフも皆が一番になれる。私はいわばアンカーのようなものです。マラソンもチームのスポーツなのです。

私は自分のラジオ番組で、2年半ぐらい前から「ブーム」から「文化」になったと言っています。昔のマラソンと、今のマラソンはもう違っていて、昔のような「泥臭い、汗臭い」というイメージでは無くて、マラソンをしている人は、「かっこいい、美しい」という事が、本当にたくさんの方に広まりました。生活の中にマラソンを組み込むような形が広く広まって、良かったなと思います。マラソンをする事で、ダイエット、健康、そして、日々の生活を豊かにすると言った部分でも色んな人を輝かせていますね。

実は私自身、シドニーオリンピックを終えて、小出監督にプロになるぞと言われたとき、正直なところ、すごく嫌でした。プロになれば、テレビに出たり、他の仕事をしたりして練習時間が減ってしまうからです。私は弱い選手なので、たとえオリンピックで勝っても、数日休んだらみんなについていけなくなるんじゃないかって不安だったんです。もともと中学、高校、大学と選手としては弱くて、努力で成り立っていたから、努力が減る、力が落ちる、みんなに置いていかれるというのが心配でした。

スポーツ選手と話す時、私はマスコミ人というよりもアスリートの一員として、気持ちを共有しながら、私もそういう時があったな、こういうことを思っていたな、と自分に引き寄せて選手と話すようにしています。でも、相手がここは聞かれたくないと思うことは、実は視聴者が一番聞きたいところなんですよね。そこへ踏み込んでいいのかどうか、私自身すごく悩んでいるところです。そっとしておいてほしい話は聞けない、突っ込めないところがあります。

私もそうでしたが、誰もやったことがないのに本当にできるのかなという不安の中でやるのと、もうやり遂げた人がいる道を通るのはぜんぜん違います。女子のみんなには、もっと自信を持ってもらって、自分にもできるんだと思ってほしいです。体形を見ても、私たちのころと今の子どもたちは脚の長さも違うし、背の高さも違うし、ものすごく恵まれた素質を持っています。あとは、それを咲かせるだけです。できないはずはありません。

これはあくまで持論ですが、私たちの時代は優勝を目指さなければ意味がないという感じでした。だから、ここで練習をやめて7、8位を争うくらいなら、けがをしてもいいから上位に食い込もうと練習していました。絶対にけがをするとは限らないのだから、とにかくやってみようと。勝ちに望みをかけていました。メダル争いを放棄するくらいなら、ギリギリまで粘ってやるという感じで、練習に突き進んでいた気がします

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