伊坂幸太郎

伊坂 幸太郎の名言集

人生については誰もがアマチュアなんだよ。誰だって初参加なんだ。はじめて試合に出た新人が、失敗して落ち込むなよ。

あのね、人間のやることの九十九パーセントは失敗なんだってさ。だから、失敗するのは普通の状態なんだ。フランク・ザッパが言うには、失敗するのを死ぬほど恐れているのは、自分を最高に恰好いいと思っている自惚れた人間なんだって。

どうせ死ぬのであれば、自分がやりたいことを納得いくまでやるべきじゃないか、と。よそから褒められる人間になったところで、毎日毎日、毎秒毎秒、死へと近づいていくのには変わりがない。明日死ぬかもしれない。やりたいことを我慢して、何が得られるのか。

誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない。まあ、時には自分が人生のプロであるかのような知った顔をした奴もいるがね、とにかく実際には全員がアマチュアで、新人だ。

気が変わらないうちに行動しなさい。飽きたり、嫌になったり、怖くなったりする前に、思いついたことは、すぐにやったほうがいいよ。

悲しいことが起きてもトータルで見れば読後感が暗くならないようにしたい。それが僕の構成というか、小説としてのやりたいことです。あとは、やはり物事がフェアであってほしい、という気持ちが作品に影響するんですね。

大事なルールほど、法律では決まってないのよ。困った人に手を貸しなさい、とかね、そういうのは法律になってない。

考えてもどうしようもないことにエネルギーを費やすくらいなら、やるべきことをやったほうがいい。自分の人生を楽しめよ。とりあえず、マンションに帰って、風呂入って、寝て、起きて、仕事行きな

誰だって自分だけはオリジナルな人間だと思っているんだよ。誰かに似ているなんて言われるのはまっぴらなんだ。俺は、ジョン・レノンに似ていると言われるのだって我慢できないね

人間は大きな目的のために生きているんじゃないの。小さな目的のために行動したら?

人はいつだって、得意なやり方で、世の中とぶつかっていくほかない。

気持ちは分かるけど、そんなに怖がってたら、できることもできなくなるし、どうせ生きていくなら、ある程度は開き直ったほうがいいよ。

絶対と言い切れることがあるとすれば、人は死ぬ、ということだけだ。人は必ず死ぬ

綺麗事を言ってるうちは、何も変わらないんだ。

小山内さんの陳腐な言葉を借りれば、調査官とは、「法律に通じながらも、それを度外視したところで少年と対話をする人」らしい。陣内さんの言葉によれば、調査官とは、「拳銃を隠し持った牧師」だそうだ。

二十八歳が、「中年」の仲間かどうかなんて、「シロアリは蟻の一種ではなくて、むしろゴキブリの仲間である」というのと同じくらいに、日常生活にはあまり影響のない話だ。

黄金時代が現代であったためしはない。いつだって黄金時代は、その時代には気がつかず、後になってはじめて、「あの時は良かったな」と分かるもの、そういう意味なのだろう。もしくは、まだ見ぬ未来にだけ存在している、ということか。

あれだけ俺に痛い思いをさせられて、まだ、白を切っていたなら、たぶん、来年あたり、あいつらの本が出るよ。偉人伝が。

国家が望めば、国家が生き長らえるためなら、殺人も合法となるんだよ。国民のためにそうなってるわけじゃない。全部、国家のためだ。

けどな、教師たちは何もできないんだよ。「やめなさい」「暴力は駄目です」なんて口で言うだけなんだ。あれで教育できるって言うんだったら、あの教師たちは今すぐ紛争地域に行って、マイクで、「やめなさい」って叫ぶべきだったな。

痛みってのは脳への危険信号だ。非常ベルだな。そいつに慣れて、麻痺すれば、あんまり関係ねえよ。ああ痛いな、って思うだけだ。ああ鳴ってるな、ってな。小学校の非常ベルだ。

コップ半分の水を見て、「まだ半分もある」と述べることも、「もう半分しかない」と述べることも可能なように、情報や統計は見せ方により、どんなものの根拠にも使える。

誰のために小説を書くのかっていうと、一番は、自分のために書くわけじゃないですか。読者のために、というのも考えますけど、それを優先させると、ただの仕事になっちゃいそうですし、やっぱり僕は自分がわくわくすることを第一に考えちゃうんですよね。

私は、人間の死についてさほど興味がない。若い大統領が時速11マイルのパレード用専用車の上で狙撃されようと、どこかの少年がルーベンスの絵の前で愛犬とともに凍死しようと、関心は無い。 0伊坂幸太郎の名言

既婚者の男がね、まずいな、って顔をしている時の大半は奥さんが関係してるんだって。

人間というのは前向きだ。かと思えば、めちゃくちゃ悲観的になるしな。ちょうどいい、ってのがないんだよ。

まずは押してみるべきだ。…押せば石は動くかもしれない。もしくは、地面に食い込む山のようにびくともしないかもしれない。けれど、押してはみるべきだ。

痛めつける相手の、性格やら体格だとかを考慮して、一番、効果がある痛めつけ方を考える。拷問なんて特にそうだな。俺くらいの熟練者になると、こいつらみたいに定型をなぞるんじゃなくて、そいつに合った、拷問をやるわけだ。人はそれぞれ弱点が違うからな

私は、今まで信頼して寄りかかっていた柱が実は柱ではなくただの弱々しいタンポポの茎であった、と知ったかのような不安に襲われた

人間にとって、年齢とは、その人間の品質を表す数値ではない。つまり、年嵩が増しているからと言って、優秀であるとは限らず、それはただの、肉体の、主に、血管や内臓の使用年数に過ぎない。

偉くなる人間に必要なのは、現場の人間が苦労している間にも、コーヒーを飲んで会議を開ける神経だ。

思い出は作るものじゃなくて、勝手に、なるものなんだよ。いつの間にか気づいたら思い出になってる、そういうものだよ

思い出っつうのは、だいたい、似たきっかけで復活するんだよ。自分が思い出してれば、相手も思い出してる。

人の上に立つ人間に必要な仕事は、「決断すること」「責任を取ること」の二つしかない、と雪子は思っていた。たぶん大半の政治家はそれをやらない。親だってやらない。もちろん大半のギャングのリーダーは言うまでもない。

善いことも悪いことも、やったことは、全部自分に戻ってくるんだ。今は違っても生まれ変わった後で、しっぺ返しがくる。

人間というのはいつだって、自分が死ぬことを棚に上げている。

頼むぜ。車間距離ちゃんと取っておけよ。いいか、距離感なんだよ、人生は。

過去ばっかり見てると、意味ないですよ。車だって、ずっとバックミラー見てたら、危ないじゃないですか。事故りますよ。進行方向をしっかり見て、運転しないと。来た道なんて、時々確認するくらいがちょうどいいですよ。

ただ、たんぽぽの花が咲くのに価値がなくても、あの花の無邪気な可愛らしさに変わりはありません。人の価値はないでしょうが、それはそれでむきになることでもないでしょう。

人間ってのは失わないと、ことの大きさに気がつかない。

得てして人は、自分の得た物を、自分だけが得た物と思い込むというわけですよ。

人はただ生きていて、目的はない。死んでいるようにいきているのが、通常なのだ。

幼稚園児が知っていても、大人が知らないことはあるんだよ。

誤りと嘘に大した違いはない。微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い。

分かり合おうとするから、辛いのかもしれない。相容れないもの同士なのだ。それを前提にすれば、気は楽だ。

人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである。

気軽に、「さようなら」が言えるのは、別れのつらさを知らない者の特権だ、と私は思う

ある結論が出て、取りまとめる直前に、細かい追加条件を付け足せば、たいがい呑んでもらえるんですよ。

人生というのは川みたいなものだから、何をやってようと流されていくんだ。安定とか不安定なんていうのは、大きな川の流れの中では些細なことなんだ。向かっていく方向に大差がないなら、好きにすればいい。

疑うのをやめて、信じてみるのも一つのやり方だ。

「目の前で、子供が泣いてるとしますよね。銃で誰かに撃たれそうだとしますよね。その時に、正義とは何だろう、とか考えててどうするんですか?助けちゃえばいいんですよ」。

人が生きているうちの大半は、人生じゃなくて、ただの時間、だ。

いいかい、人間のやることの九十九パーセントは失敗なんだ。だから、何にも恥ずかしがることはないぞ。失敗するのが普通なんだからな。

人生で味わうさまざまな出来事を、音楽にしてぎゅっと凝視している。騒がしかったり、壮大だったり、忙しかったり、ゆっくりしていたり、それが人生だ。

簡単に感化されることはたぶん、十代の特権に違いない。

そういうのはさ、スランプ中のバッターに、キャッチャーのサインを盗んで教えるのと一緒なんだよ。その場しのぎなんだ。選手に本当に必要なのは、狂ったバッティングフォームを直してあげることなのに。

子供が寝ている間に、両親が話し合いを続けて、で、離婚が決まってから発表されるってのと一緒だ。国ってのは必要最低限のことしか、国民には教えようとしない。

だってさ、人間は情報ではできていないのよ。その人の情報がどれだけ集まっても、その人間はできあがらない。逆に考えれば、情報がいくら漏れても、実はその人間が死ぬようなことにはならないはずなんだって。

ねえ、蛙が爬虫類館にいるなんて、おかしいよね」千穂は何事にも規則や秩序を求める性格で、たとえば、緑黄色野菜の仲間に、人参が含まれること自体、あれは緑でも黄色でもないよね、と苛立つくらいだったので、承知しかねるという顔で、僕の脇腹を突いた。

ふいに有名な言葉を思い出した。「愛するとは、お互いに見つめ合うのではなくて、同じ方向を見つめることである」という、あれだ。何だか、今こうやって、僕たちが並んで花火を見ている状況に相応しいと思った。

「不倫は道徳的に良くないよね」と言われるよりは、「ティッシュはお一人様一つでしょ」って言われるほうが、理屈じゃないけど笑えていいじゃないですか。

「世の中って理不尽ですよね」気が利いているようでいて、実のところ何も言い表していない、という台詞を私は言ってみる。こういう空虚な言葉が、間を埋めることはよくある。人間が好んで使う手法だ。

「据え膳食わずにはいられない男の弱さ」とでも言い換えたほうがまだ、潔く感じる。

もっと大変な人がいるから、なんて思ったら駄目だよ。そんなこと言ったら、どんな人だって、「海外で飢餓に苦しむ人に比べたら、まだまだ」なんてなっちゃうんだから。

誰だってそうだ。みんな自分の命が、人生が心配で、一番大事に決まっている。どんな事故や事件が起きても、人が真っ先に思うのは「それって私に関係するかしら」だ。むしろ正しい生き方だよ

仕事を間違いなく遂行する、というのはプロの基本です。時にはいい加減なプロもいますが、それは仕事というよりは、趣味のようなものですよ

寛容は自らを守るために、不寛容に対して不寛容になるべきなのかどうか。

関心を持てば、人はどうするか。検索するんだ。

それだけで充分、凄いことだろ。宗教を持ち出す前に、生きていること自体に驚いて、拍手をすればいい。

行き詰まっているとお前が思い込んでいただけだよ。人ってのはみんなそうだな。例えば、砂漠に白線を引いて、一歩も踏み外さないように怯えて歩いているだけなんだ。周りは砂漠だぜ、縦横無尽に歩けるのに、ラインを踏み外したら死んでしまうと勝手に思い込んでいる。

「急いで結婚し、ゆっくり後悔しろ」って外国の諺だ。俺はそれから逆に学んで、結婚に焦っていないわけだ

どの仕事だって基本的には、歯車なんだから。で、歯車みたいな仕事をしていても、人生は幸せだったりもするし。

「なんだこれ?」みたいなのが作りたかったんですよ。「ガンダム」でいうと、ズゴックみたいな。

たぶん絵というのは、紙に殴りつけた祈りだよ。

スマホの操作を、スワイプとかピンチとかいう言い方をせずに、知ってる言葉になおしていくような文章の書き方が好きなので、そういう意味でも僕好みの話になりました。

びっくりするくらい空が青いと、この地続きのどこかで、戦争が起きてるとか、人が死んでるとか、いじめられてる人がいるとか、そういうことが信じられない。

人間の価値はその友を見れば分かる。

たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ。

人間には選択する瞬間がある。決断の瞬間だ。フォワードが大事な試合で、ペナルティエリアに入り、シュートに行くのかパスをするのか、それも決断の一つだろう。その時、試されるのは、判断力や決断力ではなく、勇気なんだと思う。決断を求められる場面が、人には突然、訪れる。勇気の量を試される。

人を騙すには、真実とか事実じゃなくて、真実っぽさなんですよ。

魅力的で、力のある言葉は、いつだって扇動家に利用される。

周りの雰囲気とか、世間体を気にして、やりたいことができないような自分はちょっといやだ。何のための人生なんだ、って思うよ。

世の中に酷くないことってないでしょ?生まれた時から、死ぬのが決まっているというのがすでに酷いんだから。

「正解がはっきりしなくて、重要な問題」ほど、人は他人の答えを真似する。

本を読み、内容を噛み砕く事で、語彙が増え、知識が増え、いっそう読解力が増した。本を読む事は、人の感情や抽象的な概念を言語化する力に繋がり、複雑な、客観的な思考を可能にした。

人間の最大の武器は、笑えることではないか?笑えば何かが充電できる。それも真実だ

人間が作ったもので一番素晴らしいのはミュージックで、もっとも醜いのは、渋滞だ。

見かけで物事を信じるのは大事なことではあるけれど、恥ずかしいことでもある。

人生なんていつ終わってしまうかわからないんだから、話は交わせる時に交わしておくべきだ。

知る勇気をもて。自分の理性を使う勇気をもて。

人生はきっと誰かにバトンを渡すためにあるんだ。今日の私の一日が、別の人の次の一日に繋がる

そもそも、大人が恰好良ければ、子供はぐれねえんだよ。

基本とウォーミングアップはどんな仕事にも必要だ。

オリジナルな生き方なんてできるわけがない。

違うんだって。日本人はその報いをすぐ欲しがるだろ。ブータン人はそうじゃない。今じゃなくていいんだ。生まれ変わった後に、それが返ってくるかもしれない。そう思っているんだ。日本人は即効性を求めるから、いつも苛々、せかせかしている。それに比べれば、ブータン人は優雅だよ。人生が長い。

本当に大事なことは、小声でも届くものだ。

昔は良かった、とかよく言うけど、昔も良くはねえんだよ。いつだって、現代ってのは良くなくて、だからな、俺たちは自分の生きているその時と向き合わないといけねえんだ。音楽も映画も、その時の自分たちの時代と立ち向かうために作られたものなんだよ。チャップリンの、「独裁者」にしたって、今見たら、ただの説教臭いコントだけどな、当時は命がけだ。ジョン・レノンの「イマジン」だって、当時の社会に向かって投げられただけだ。

世間が事実だと思ったことが事実なんだ。

常にベストをつくせ。見る人は見ている

あんたたちの仕事で奇跡は起こせるのか?

これは作家によると思うんですが、僕は履歴書を準備しないし、小説の中では「見えているところだけ見えていればいい」と思っています。だから作品を映像化されたときに、自分が書かなかった設定ができたり、スピンオフのエピソードを作りたいと言われたりするとすごく違和感があります。それが嫌なわけじゃないし、つじつまを合わせようとしたらきっとできるでしょうが、省略された部分も作品の一部ですから、ない部分を書かないことも大事だと思っているんです。

「いろいろあったけど最後は幸せになりました」だと、僕は辛くなってしまうんです。フィクションだから全部嘘の話なんですが、ちょっと綺麗すぎる。死んだ人は生き返らないし、会えない人はやっぱり会えない。人生はそういうものなのだけど、それでも上を向いて生きていくことはできる、みたいな話にしたいというのはありますね。

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