吉田沙保里

吉田 沙保里の名言集

女に生まれて良かったと思う。男に生まれていたら試合で人を殺していたと思う。

北京からの4年間いろいろあり、負けも知ってまたさらに強くなれた。最高の舞台で最高の結果で終われて幸せ。ここに来れなかった国民の方々からの思いはちゃんと感じていたし、メールやブログのコメントを観て、負けてはいけないんだと思って頑張れた。

練習中、率先して声を出すのは、盛り上げて楽しくやりたいからです。

お父さんここまで私を育ててくれてありがとう。

カワイイ外国人選手と戦うときは集中力が上がりますね。「こいつ、何でこんなにカワイイんだ」って。すぐに倒したくなります。燃えてきますね。「ブン投げてやる」って。

もう、こんなに沢山の方に遠いところまで来て頂いたので、日の丸の多さや、声援も凄い聞こえてきたんですけど、最後、自分の力が出し切れなくて、申し訳ないです・・・。

自分の、やっぱり気持ちが、最後は勝てるだろうと思ってたんですけど、取り返しの付かない事になってしまって・・・。

日本選手の主将として金メダル取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。

それほど強引なつもりはなかった。これがわたしのいつもの戦い方だ。

夢や目標を持つことって、人間にとって何より大切なことなんですよ。目指すものがあるからこそ悩んでも立ち直れるし、上に上がっていけるんだと思うんです。

もっと記録を伸ばして、誰も作れない記録を作りたい。

どんな組み合わせになってもいいと覚悟を決めていました。

自分で考えながらできますけど、やっぱり高校生くらいだと「やれ。やれ」と言われてやっている人もいますし、自分の意志をしっかり言える子もいますし、それはいろいろですね。

オリンピックというのが夢から目標に近付いたという感じですかね。

小さい時の思いと今の思いは全然違います。自分でやらなくてはいけない。レスリングはやらされているのではなくて、自分からやっているという感じです。

センスがあるのと、運動神経がいいのと、そういうのが重なると週2回でも集中してできる人は、やっぱり勝つと思います。

悔しいですが、銀メダルもきれいだなと思えるようになりました。勝つことだけが人生ではない。努力する過程も大事だと思えるようになったのも、レスリングを続けてきたおかげです。

勝っている時は胸を張って歩ける。勝負は何が起きるか分からない。だから楽しい。

負けず嫌いでないと強くなれない。

試合が終わったとき、私の手が上がっていればいい。大事なことは、表彰台の一番上に立つことだけ。

「泣かんでいいと・・。大丈夫だと。ここまで連れて来てくれたんだからありがとう」と言ってもらいました。

たくさんの方に、応援して頂いたのに、銀メダルに終わってしまって、申し訳ないです。

目標、夢は口にした方がいい。

谷亮子選手が金メダルを取られたのをみて「私も欲しい」とお父さんに言ったら、「金メダルはスーパーやコンビニで買えるものではない、目指して勝ち得るものだ」と言われて目指し続けた。

練習場に何をしに来たのか!を自分に問いかけながら練習に取り組む。

好きな食べ物は?…焼き肉です。

常に全力でやる!集中して一生懸命やる!

目標や夢は、早いうちからあるとチャンスが広がります。最後まで諦めない人になってください。

勝った瞬間、1月の敗戦や色々なことが思い出されて、涙が出てきました。

レスリングのことしか考えていなかったです。

練習のときは、やっぱりやる気があるときとないときが本当にあるので。やる気がないというか、ちょっと気分が乗らないときや疲れているときとかは、あまりガーッとやらないようにしたりとか、考えながらやります。

小さいときはもうレスリングをやらされているという感じでした。帰ってきたらご飯を食べて、「はい、練習」という感じだったので、自分でやりたいと思うよりも、やらないといけない、そういう日常の生活になっているという感じだったので、本当にやめたいとも思いましたし、遊びたいとも思ったし…けど、遊べないという感じですね。

自分の弱いところを強化して、鍛えられるところは鍛えて、オリンピックを迎えたいというのはありますね。

プレッシャーは勝ちたければ勝ちたいほど強く持つもの。

勝ちたいという感情ですら邪念。

負けた人の気持ちが本当に良く分かった大会。

コーチを含め、様々な方から頂いた励ましや助言を原動力にしてきましたが、特に父や母からの言葉には、私のレスリング人生を支えてもらったと思っています。幼い頃、父はよく私に「もしおまえが途中で負けたら、おまえに負けた子が泣いてしまうぞ」と言いました。私は「そうか、勝たなきゃいけない」と思えて目の前の相手に全力で向かうことができた。

「約束」は「何が何でも勝つ」という覚悟となり、力になる。プレッシャーになると思う人もいるかもしれませんが、それは当人の受け取り方次第。

世界の大舞台で連勝できた要因は、超負けず嫌いな性格だから。それと「何が何でも金メダルが欲しい」という動機。

自分の決めた道で、一日一日を精いっぱい努力し、試合で勝つことで、様々な人との出会いがあり、世界が広がった。

私は勝ち続けることで成長したんじゃなく、負けて強くなってきたんです。

外国人で可愛い子が相手だと燃える。

「五輪前に負けてよかった」そう思いました。自分の中にどこか甘さがあったのでしょう。あの負けは、自分の意識を変えてくれました。精神的にも強くなれたし、技術的にも進歩できました。連勝中なら絶対にそんなことしないでしょうけど、初心に戻って練習に打ち込みました。

あの試合を振り返って一番思うのは、慣れの怖さですね。なあなあの気持ちで、なんとなくマットに上がってしまいました。試合が始まっても、ガムシャラに攻めず、相手の出方を見たり、時計をチラ見したり。世界選手権で1ピリオド取られたシーンが頭をよぎったりしました。タックルに入ろうとしても、躊躇する自分がいたんです。

強さを証明できました。

あと1試合、長くても6分。死ぬ気で戦った。

おばけとかジェットコースターとかダメです。

うちは父の言うことは絶対だった。

実力の差などいろいろと考えられますが、一番の敗因は、相手の「勝ちたい」という気持ちが私より上回っていたこと。五輪の決勝という世界最高峰の舞台において、最後はメンタルの差が勝敗を分けた。

負けて悔しい涙を流せる子は伸びます。

「出来る女」より、「強い女」になりたい。

金メダルの数は忘れました。

4年間また強くなれた。

目標を決めたらわき目もふらず、進んでいく。

鍛えるポイントはまだまだありますよ。

悔しくて寝れないくらいじゃないとね。

4歳の時、試合で同い年の男の子に負けたことがあったんです。そのまま勝ち進んで優勝した彼が首からぶら下げている金メダルを見て、私は欲しくてたまらなくなった。そして父に、「メダルが欲しい!」と泣きながら駄々をこれました。

すると父は「あれはスーパーで売ってないし、勝った選手しかもらえない。そんなに欲しいなら帰って練習しなさい。次の試合で勝ったらもらえるから」と私に言い聞かせた。

「金メダルが欲しい」。私はその一心で練習し、1年後の同じ大会で優勝しました。私がレスリングに真剣に取り組んだきっかけは、4歳の頃の「金メダルが欲しい」という思いが始まりであり、その動機はずっと変わっていません。

「誰にも負けたくない」「金メダルが欲しい」という強い思いが根底にあったからこそ、必死になってこられた。

連勝記録が119で途切れた時、私はショックで立ち直れなくなったんです。

その時は母から、「あなたが勝っている時はほかの選手が泣いているんだよ。一度負けたぐらいでクヨクヨしない」と言われました。

その言葉を聞いて、「そうか、そうだよな。いつまでも落ち込んでいたらダメだ」と思えた。

それからは悔しいことや辛いことがあれば、ワーッとひとしきり泣いて、気持ちを切り替えられるようになりました。

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