宮沢賢治

宮沢 賢治の名言集

何がしあわせかわからないです。本当にどんなに辛いことでも、それが正しい道を進む中の出来事なら、峠の上りも下りもみんな、本当の幸せに近づく一足づつですから

永久の未完成、これ完成である。

すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。けっして憎んではならん。

人の心を本当に動かすにはその人の体験から滲み出る行いと言葉しかない。知識だけでは人は共感を感じないからだ。

人の心を本当に動かすにはその人の体験から滲み出る行いと言葉しかない。知識だけでは人は共感を感じないからだ。

日照りの時は涙を流し寒さの夏はおろおろ歩きみんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされずそういうものにわたしはなりたい。

一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べあらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず。

もうけつしてさびしくはない。なんべんさびしくないと云つたとこで、またさびしくなるのはきまつてゐる。けれどもここはこれでいいのだ。すべてさびしさと悲傷とを焚いて、ひとはとうめいな軌道をすすむ。

誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねぇ。

世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。

かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし。

宇宙は絶えずわれらによって変化する。誰が誰よりどうだとか、誰の仕事がどうしたとか、そんなことを言つてゐるひまがあるか。新たな詩人よ。雲から光から嵐から、透明なエネルギーを得て、人と地球によるべき形を暗示せよ。

さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐあるいて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つのほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない。

真の幸福に至れるのであれば、それまでの悲しみは、エピソードに過ぎない

さあなみだをふいてきちんとたて。もうそんな宗教風の恋をしてはいけない。

きみのようにさ、吹雪やわずかの仕事のひまで泣きながら体に刻んでいく勉強が、まもなくぐんぐん強い芽を噴いて、どこまでのびるかわからない。それがこれからの新しい学問の始まりなんだ。

雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち慾はなく決して怒らずいつも静かに笑っている。

無意識から溢れるものでなければ、多くは無力か詐欺である。

人間は他人のことを思いやって行動し、良い結果を得た時に、心からの喜びを感じるものである。その喜びこそ、人間愛に基づくほんとうの「幸せ」なのである。

なぜやめたんですか。ぼくらならどんな意気地ないやつでも、のどから血が出るまでは叫ぶんですよ。

僕もうあんな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く

自分が真実から目をそむけて子どもたちに本当のことが、語れるのか。

どうも、ちょうどよく働くことほど、体に良い事は無いですな。

誓って言うが、わたくしはこの仕事で疲れを覚えたことはない。

まことのことばはうしなはれ雲はちぎれてそらをとぶああかがやきの四月の底をはぎしり燃えてゆききする。おれはひとりの修羅なのだ。

ぼくはきっとできると思う。なぜならぼくらがそれをいま、かんがえているのだから。

諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて、奴隷のやうに忍従することを欲するか。むしろ諸君よ。あらたな正しい時代をつくれ。宙宇は絶えずわれらに依って変化する。潮汐や風、あらゆる自然の力を用ゐ尽すことから一足進んで、諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ。

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう。

まことの道は、誰が云つたの行ったの。さふいふ風のものでない。

すべてがわたくしの中のみんなであるやうに、みんなのおのおののなかのすべてですから。

諸君よ。紺いろの地平線が膨らみ高まるときに、諸君はその中に没することを欲するか。じつに諸君はその地平線に於る。あらゆる形の山岳でなければならぬ。

新たな時代は世界が一の意識になり生物と成る方向にある。

もしそれ人とは人のからだのことであると、そういうならば誤りであるように。さりとて人は、からだと心であるというならば、これも誤りであるように。さりとて人は心であるというならば、また誤りであるように。

わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈のひとつの青い証明です。風景やみんなといつしよにせはしくせはしく明滅しながら、いかにもたしかにともりつづける。因果交流電燈のひとつの青い照明です。

我々が出来ることは、今を生きることだけだ。過去には戻れないし、未来があるかどうかも定かではない。

優秀な人間は議論や分析が先行し、それで終わってしまうことが多い。行動に移さねば意味がない。

もしあなたがほんたうきな努力によるものです。

どっどどどどうどどどうどどどう青いくるみも吹きとばせすっぱいかりんも吹きとばせどっどどどどうどどどうどどどう。

あなたの方から見たらずいぶんさんたんたるけしきでしょうがわたくしから見えるのはやっぱりきれいな青ぞらとすきとおった風ばかりです。

僕たちと一緒に行こう。僕たちはどこまでだって行ける切符を持っているんだ。

みんながめいめい自分の神様がほんたうの神さまだといふだろう。けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それから僕たちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれどもしおまへがほんたうの考とうその考とを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も科学と同じやうになる。

ああたれか来てわたくしに云へ。「億の巨匠が並んで生まれ、しかも互に相犯さない、明るい世界はかならず来る」と。

風からも光る雲からも諸君にはあたらしい力が来る。

けれどもどうしてももうできないときは、おちついてわらっていなければならん。落ちつき給え。

潮や風..あらゆる自然の力を用い尽くして諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ。

ああ諸君はいま、この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る透明な風を感じないのか。

銀の波を泳いできました。ああさっぱりした。ある夜、眼前に拡がる麦畑のうねに飛び込んでいき、一時間ほど抜き手で泳ぐように走り回った後で。

もしおまへが。よくきいてくれ。ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき、おまへに無数の影と光の像があらはれる。おまへはそれを音にするのだ。みんなが町で暮らしたり、一日あそんでゐるときに、おまへはひとりであの石原の草を刈る。そのさびしさでおまへは音をつくるのだ。多くの侮辱や窮乏の、それらを噛んで歌ふのだ。

血がでてゐるにかかはらず。こんなにのんきで苦しくないのは、魂魄なかばからだをはなれたのですかな。ただどうも血のために、それを云へないのがひどいです。

まことのことばはここになく、修羅のなみだはつちにふる。

だめでしょう。とまりませんながぶがぶ湧いているですからな。ゆうべからねむらず血も出つづけなもんですからそこらは青くしんしんとしてどうもまもなく死にそうです。けれどもなんといい風でしょう。

新たな時代のマルクスよこれらの盲目な衝動から動く世界を素晴らしく美しい構成に変へよ。

わたくしのこんなさびしい考はみんなよるのためにでるのだ。

ぼんやりとしてそれでいて何だか堅苦しそうにしている新入生はおかしなものだ。ところがいまにみんな暴れ出す。来年になるとあれがみんな二年生になっていい気になる。

一つずつの小さな現在が続いているだけである。

風とゆききし雲からエネルギーをとれ。

ちひさな自分を劃ることのできない。この不可思議な大きな心象宙宇のなかで、もしも正しいねがひに燃えて、じぶんとひとと万象といつしよに、至上福祉にいたらうとするそれをある宗教情操とするならば、そのねがひから砕けまたは疲れ、じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする。この変態を恋愛といふ。

なにがしあわせかわからないです。

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